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ヒロは私生活も隙のない完璧な男性だった。
自分の家に居る時も、私の家に居る時も、外にいる時と同じようにピンと伸ばした姿勢を崩さない。部屋着もパジャマも気品に溢れ、寝ている時はあの世に召されてしまったのではないかと心配になるくらい、寝がえりもうたなければ、いびきもかかなかった。
常に礼儀正しくお行儀が良い。全ての行動からセンスの良さがにじみ出ている、弱点らしい弱点が見当たらない男性だった。
しいて弱点をあげるならば、それは私だった。
完璧な男性には釣り合わない、センスの悪い彼女が唯一の弱点だったと思う。
高級ブランドでファッションを固めたヒロが、食事でどんな高級料理店に行こうとも、有名ホテルに泊まろうとも会計時に出てくる財布は、子供っぽい二つ折りの財布だった。
その財布は私がバイト代をこつこつ貯めて、誕生日の日にプレゼントした品だった。でもヒロは心底喜んで、ずっと使い続けてくれた。
「その財布、無理して使わなくていいよ」
私は気を利かせて言った。仕事でも、あんな子供っぽい財布を使っていたら、悪い影響を及ぼすのではと思ったのだ。
「え、無理してないけど」
「だって、普段、ヒロが着てる服とその財布は合わないじゃん」
「そうかな。気に入ってるからいいんだよ」
“二つ折りは子どもっぽすぎたな、せめて長財布にすれば良かったかな”と、ヒロが会計中に財布を出す度に後悔が過った。私のセンスの悪さを、会計の度に主張し続けているようで恥ずかしかった。
そもそもヒロに合うような財布は高すぎて買えるはずもないのだが、自分のセンスが良ければ、もう少しマシなものを買えたかもしれない。彼は本当に喜んで身につけてくれるのだけど、見る人が見ればやっぱり安物だし、やっぱり彼にはどこか似合わないのだ。
私の家に来る度に手料理を振舞うことがあるのだが、見栄えの悪い肉じゃがや、変な色のみそ汁や、インスタントや冷凍で誤魔化したラーメンやうどんも、喜んで食べてくれる。
でも背筋をピンと伸ばしマナー講師のように百点満点の作法で食べ進めていくものだから“そんな有難い料理ではないんだけどな”と、少し恥ずかしく思うこともあった。
頑張って背伸びをし続けていれば、本当に背が伸びるだろうと思っていた。ヒロと釣り合う女にならなくてはと、店先で掃除をする時もレジを打つ時も、頭は如何にして自分を高めるかでいっぱいだった。
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