〇3ドレスコード

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〇3ドレスコード

 フラワーショップから、社員にならないかと相談されたのは、教室に通い始めて半年後のことだった。  素直に嬉しかった。今までやりたいことも、頑張りたいこともなかった自分だったが、花屋としての将来を描き始めた瞬間だった。  ヒロは私に似つかわしくないような、いつも以上に高級なお店でお祝いをしてくれた。ヒロは表情こそ大きくは崩さなかったが、私が街の小さなお花屋の社員になったことを自分のことのように喜んでくれた。  個室席に案内される途中、「大したことじゃないのに、こんなとこに連れてきてもらって申し訳ない」と、小さな声でヒロに言った。  ヒロにとってみれば、小さなお花屋の社員になったことは、本当に大したことではないのだ。  でもヒロは「何言ってんの。凄いことじゃないか。仕事が認められたんだから、素直に喜ばなくちゃ」と、気にも留めていなかった。  アイスシャンパンで乾杯しながら、ヒロの笑顔を見ていた。見ているうちに、ヒロの小さな笑みがなぜこんなにも心地いのかわかった。  左右対称に近ければ近いほど美男美女の顔立ちになるらしい。  そういう意味でヒロの顔立ちは美男子とはいえないが、笑顔になると左右対称になるのだ。スマイルマークのような満面の笑みであれば左右対称になりやすいかもしれないが、ヒロは口元を緩める程度の頬笑みでも左右対称になる。  これはすごく難しい。私は微笑むと片側の頬や口元だけ釣り上がる。そうすると何か企んでいるダークな笑みになってしまう。ヒロの均等の取れた笑顔を見ていると、本当に自分のことのように、私の小さな成功を喜んでくれているのだと思う。
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