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教師が壇上を降りた
百合子が勢いつけて席を離れ、通路でしゃがむ。よーいどんの一発のキック力で僕の机の横に来てぶら下がる弁当を掴む。前の席の田岡がくるりと体制をこちらに変えて、僕の机の教科書と筆記用具を整頓し、自分の席に置く。左の通路には西島、背後には佐伯が陣取っている。
弁当の包が机に置かれ、百合子が丁寧に結びをほどく。二重箱が横並びに設置され、下段のおかずがあらわになる。
勝負前の彼らの宝石を見つめるような眼差しは敵ながら天晴れで鼻が高い。
一段目の蓋を開封、ちょうど人数分の稲荷寿司とさらにおかず。
牽制するわずかな時間でお互いの狙いを予測。自分の候補を第三位までスマホのメモに登録する。ざっと計算し、順番に巡らせて一人六回、食べる機会があり、第一候補が十点、第二候補が七点、第三候補が三点。メモした候補を食べれたら加点。だが、自分の好みだけで候補を選ぶと人と被り点数を稼げないことがある。
二段目にかまえる一点豪華のロールキャベツ。母親の実家で採れたキャベツはうまい。中の牛のミンチ肉とトマトソースは絶品。この味を知っているのは以前に食したことがある百合子と西島。二人が舌鼓を打っていたのは覚えている。だが、他のラインナップと比較して倍率が高い一品に手をだすか。好きな味にもう一度という欲がまさっているのは百合子のような気がする。以前、羨ましいそうにしていた田岡もロールキャベツに興味津々な様子。狙っていてもおかしくはない。佐伯はロールキャベツはべつにという態度は以前と変わらない。たぶん、嫌いなんだろう。
僕への注目が集まる。このロールキャベツ、昨日の晩飯の残りだ。だから、僕は別に欲していない。だが、十分にフェイントをかます。
他に一点物は海老を湯葉で巻いて揚げた海老の東寺巻き。これは弁当に入るレベルの一品ではない大人の食べ物。ざっとみて、四人は東寺巻きが春巻きに見えていると予想。海老だけに第一候補に入れたいが、一品だけに食べられずに点数も稼げなければ無残な結果。あえて、候補に入れずにしれっと機会をうかがって食べるのもあり。
ホタテの揚げ物。これも唯一の存在で見た目では中身が判断ができないだろう。原則、一メートル以上離れて目星をつけないといけないので匂いは確認できない。僕だけが知るのは不公平と思うかもしれないが、参加者は僕の弁当を土俵にしているのだから幼稚な平等性を問う訴えは起こらない。
北海道産の生ホタテ。海老と同様に弁当に入ってくるような食材ではない。
一分間の選考タイムが終わり、各々の携帯に希望枠をメモする。以前、アメリカのテレビで故人の貸しガレージの中身を競り落とす番組にはまって見ていたことがあった。専門分野が違う玄人バイヤーらがガレージの前にならぶ。仲介人によってガレージを開けられる。バイヤーらは線を超えてガレージの中をみることはできず、入り口に近い物や見える範囲内の物で故人の趣味嗜好を選別し、ガレージそのものに値をつけて競売をするという番組だった。
見えるところにビンテージバイクがあれば、故人にビンテージの趣味ありと値が跳ね上がり、競りが盛り上がる。落札者だけが中に入り、ガレージの中身をチェックするが、ビンテージだったのはバイクだけであとはガラクタの山で大損をしていた。
意外に面白かったのが、ガレージ内をみてバイヤーらの多くが競りに不参加するっていうときに、一人勝ちしたバイヤーがいた。彼曰く、奥の奥にキッチンシンクが見えたと、確かではなかったが、もしかしたらと思って賭けでガレージを競り落とした。キッチンシンクは存在し、布などで隠れていた物はレストラン用のキッチンシステムばかりだった。業界では高値で売れる代物で大儲けだった。
僕はそんなことを思い出しながら、第三候補に焼売、第二候補にホタテ、第一候補に明太子卵焼きとメモした。
母親には友達と弁当を共有しているとしか告げていないが、複数あるおかずも二個または三個で食べられない人の方が多い、主食となるご飯物はいつも五つと、このゲームの事をどっかで聞きつけてわざとやっているのではと疑ってしまうときがある。
じゃんけんの結果、一番手は佐伯、二番手に田岡、三番手に僕、四番手に百合子、最後に西島となった。
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