夢か幻か

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夢か幻か

 樹々がざわざわと音を立て始めた。  そして、高いところから私に降りかかる、数えきれないほどの真緑の葉。  乱舞する真緑の葉に抱えらえて、私の体はふわりと浮かび上がった。  そのあとは気を失ったかのように草むらに倒れ込んだ。  静かな、静かな、その衝撃。    私の冷たい頬に黄緑色の苔が触れている。  なんと滑らかな、その感触。  耳を澄ませば、真緑の葉が私の耳元でさやさやと鳴っていた。    自分に問う。  ああ、  これは夢か幻か。  気が付いた。  奇妙なことだ。  庭を埋め尽くすほどの真緑の葉なのに、私の黒いコートはまだ闇の色のままだった。  黒一色のコートに手を置いてみたが、つるりとした布地の手触りしか感じられない。 「優志」  私は尋ねた。 「ここって、不思議なんやね」  血の気を失った顔で私を見ている彼。 「私、いろいろ分からんのよ」  彼は呻いた。 「美沙子。実は俺にも分からんことがある」 「何が分からんの」  彼は泣き出しそうな声で私に問いかけた。 「俺はさっきから、お前の心と喋ってんやろか。ここに居てるお前は、夢か幻か、いったい何やねん」  私は答えられなかった。  ここが私の故郷だと思うばかり。  地面に突っ伏し、私の名を呼んで泣き叫ぶ彼。  彼の涙を見ながら考える。  ホテルに近い田舎道で見た、あの風景画に入ってみたいとは思った。でも、あの風景画の額縁は焦げ茶色だったはず。  額縁が黄緑色の風景画に誘い込まれたようだ。  ただ、この絵の中に私を誘ったのは、私自身。  道に迷ったわけではない。  そう、ここが私の生きる世界。  彼との想い出が真緑の葉となって、私のしとねとなる処。            了                                                                                          
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