女は染まる

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女は染まる

 それから一年後。  私は夫の実家で義母と同居することになった。  半年前に義父が病死した。ひとりになった義母はいろいろと心細いようで、何度も夫に寂しさを訴えてきたのだ。  義母は良いひとであったが、気分屋で我儘なところがあった。それだから、一緒に暮らすことに私は大きな不安を感じていた。それでも、私は義母との同居に反対をしなかった。夫に従順な妻でありたかったのだ。  こうして、二十二歳の私は気まぐれな義母の相手を努めることになった。  毎夜、疲れてぐっすり眠る夫の横で私は考えていた。  自分でも感じる。私はまだ夫の色に染まっていない。  結婚すれば、夫の色に染まるのが女なのだろう。でも、それが出来るのは幸せな妻だけと、私は考えたのだ。  身も心も夫の色に染め上げるなど、今の私には程遠いことだった。夫は優しいが、義母との暮らしは辛いことばかり。忙しい夫は休日に出勤することもあり、私は朝から晩まで義母と過ごしていた。  最近になって自分の心が歪んできたことに気が付いた。  以前ほどには笑わなくなっていた。  自分の殻にこもり、物事を冷めたい目で見るようになっていたのだ。    そんな私にも楽しみはあったのだ。  それは、彼との想い出をたどること。  私が悲しいとき、不思議と彼が記憶の中から現れた。  あれは高校に入学して間もない頃。  制服の白いシャツを着た彼が私に話しかけてきた。 「樋口さんはどこの中学校から来たんや」  はにかむ私に彼も顔を赤くした。  そして、彼の家。  苔むしたあの裏庭。  雨にしっとり濡れた黄緑色の苔。  私の記憶に染み込んだのは、雨音と苔の黄緑色。  私の心の壁に掛けられた大切な風景画。    そんなある日。  私は大阪に住む従妹の結婚式に招待された。  私の帰阪を義母は嫌がった。私の留守中、自分が家事仕事をしなければならないからだ。  夫が義母の言葉を遮った。 「しばらく故郷にいればよい。美沙子の暗い顔が心配だよ」                                        
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