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帰郷
「疲れた」
私は大きな欠伸をした。
仙台から大阪への旅だった。
新幹線に乗っている間はほとんど眠っていたが、シートに座った姿勢で無理に眠ったからか、熟睡できなかった。
ここは今夜の宿にしているビジネスホテルの一室。
さっき着いて、荷物を片付けたばかりだ。
今はソファに座って窓の外を眺めている。
それにしても眠い。久しぶりの遠出に疲れたからに違いない。結婚してからは仕事も辞めて、買い物以外は家に居て過ごしている私だった。
従妹の結婚式に呼ばれたとき、長旅は疲れて嫌だと思ったのだ。
それでも、私は帰郷した。
帰郷できる機会をずっと待っていたから。
少し眠ろうか。
今は十八時になるところ。
夕食にはまだ少し時間があった。
壁際にベッドが一台置いてある。
私はそこで横になった。
枕や布団は清潔で柔らく、私の体を優しく受け止めてくれた。
目を閉じる。
そして、思いだす。
「こんな感じやったな」
軽くてふわふわした掛け布団にくるまってみる。
すべすべとしたその手触りに、私の手がびくんとした。
とたんに、私は『蒔田美沙子』から『樋口美沙子』に戻ったのだ。
感傷的になっていると、自分でも感じる。
そう、このすべすべとした感触は私の記憶にもあったから。
でも、このような花柄の布団ではなかった。
あのとき、私を包み込んだのは若々しい真緑の葉だった。
ベッドから起き上がった。
明日から始めようと考えている計画があった。でも、私にはもう待てない。
黒いコートを着て、私はひとりホテルを出た。
あれから五年が過ぎている。
行ってみよう。
あの場所へ。
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