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受容
一華は衝撃をうけると、不安にかられ、身体が震え始めた。だがどうする事もできない。
行くあてもなく、土地勘もない。
すぐそこに見える海岸に向かってとりあえず、震える足で歩いた。
歩いている途中、この世界の人にあったが、やはり見た目は人間と変わらない。たまに耳だけが動物化されている人を見かけたりしたが、その他は肌の質も髪も人間に見える。
一華は、獣人の世界だと教えてくれた獣人も始めは人間だと思ったし、人に出会えて嬉しかった。しかしこの場所を訪ね話しを聞くうちに、一華が何の動物なのかを女の人が聞いてきた。
獣人の世界だと理解すると、変な汗が身体中から出ているような気持ちになる。そして足がふわふわしているような錯覚におちいりながらも歩いてきた。
砂浜の海岸は、エメラルドグリーンの海と白い砂浜のコントラストが綺麗だ。
暮らしていた人間の世界と何も変わりはない。
途方に暮れた気持ちで、波打ち際を歩いていると、男の人がずぶ寝れで倒れていた。
一華の目にとまると、先程までの不安も身体の症状も一瞬にして意識から消された。
すぐにその人の側まで駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
そこにいたのは、肌の色が白い、ずぶ濡れでも端正な顔だちとすぐにわかる男の人だった。
一華より少し年上だろうか?
意識がない。息もしてない。
両肩を叩きながら、大声で話しかける。
「大丈夫ですか?大丈夫ですか?目を開けれますか?」
ーー反応なし。
とりあえず顔を横に向け水を吐かせる。
一華はスカートを履いていたが、周りも気にせずスカートをめくりあげ両膝をつく。
男のみぞおち上方に両手を添え、胸骨圧迫を開始した。
すると男は水を吐き出す。
それをみて、今度はマウスツーマウスを始める。
ーーお願い。戻ってきて……。
何度も胸骨圧迫を続ける。1人で行う蘇生は身体が熱くなり、汗が滲み息があがる。
それでも根気よく胸骨圧迫を続けた。
暫くすると男は自分でしっかり呼吸をし始めた。
意識を取り戻した男と目があう。
少しほっとした顔をして一華は声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「あ……あり……」
男は意識は戻ったもののすぐに目を閉じた。
一華は周りを見渡した。
ーー誰か来てくれないかな。1人じゃこの世界を知らなすぎて、どうすることもできない……。
その時、190cm程ある体格のよい40代くらいの男が一華の後方からバスタオルを持ってやってきた。
「すみません。救急車呼んで下さい!」
40代くらいの体格がいい男は、一華の蘇生を見ていたようで、手伝いの為にかけつけてくれていた。
緊急を要する事は理解できており、手際良く、手に持っていたバスタオルを男の身体に巻きつけた。
「病院はすぐそこだから先生に診てもらおう。車にのせていくよ」
「お願いします……」
男の人は簡単に、溺れた男を担ぎ、自分の車に乗せた。
一華も促され、その男の車に乗りこみ、病院まで付き添う。
男は病院ですぐ処置をしてもらえた。
発見や初期対応も早かったのが幸いし、意識も循環状態も安定したようだった。
車に乗せてくれた男は熊と言う。
ずぶ濡れの私に自宅のシャワーを貸してくれた。そして嫁の服を貸してくれた。
キュウは、熊の獣人らしい。
シャワーを浴びて落ちつくと、一華はまた現実に引き戻された。
キュウからこの世界の話しを色々聞き、異世界にきた事をひしひしと感じた。
現実みを帯びまた段々と恐怖がよみがえる。
ーー獣人だらけだし、それ以前に私は家も職も金も何もない……。神様……何か違うよぉ……。
一華は、この世界にきて間もないが、突然の出来事に疲労困憊していた。
誰も知らないこの世界に来て、唯一の知り合いになった優しいキュウ夫婦に心内を全て話した。
「家に帰れない……。私……実は人間で、何故かこの世界にきてしまったの……」
一華は今にも泣きそうな顔をして、唇を噛み締めている。
一華の話を聞くと、キュウ夫婦は驚き2人は顔を見合わせた。
信じがたい話だが、嘘をついてる風でもない。本当に困っている事が伝わった。
2人は一華を心配し、空家を世話してくれた。
「暫くここに住めばいいよ。うちの空家だから。食事は俺が持ってくるから。」
「うちには子供がいないから、一華ちゃん気にせずにいてくれていいからね。」
わざと明るい声でキュウ夫婦は一華に語りかける。一華もキュウ夫婦の優しさが痛い程伝わり我慢していた涙が頬を伝った。
出会ったキュウ夫妻は面倒見がよく、本当に優しかった。それが一華の唯一の救いだった。
**
それから毎日あの鳥居に行ってみた。
同じポーズをとったり、来た時と同じ願いを願ってみたりと、考えついた事は可能な限りやってみた。だが一華はもといた世界に帰れなかった。
ーーだめかぁ…。しょうがない。帰れるまではここで生活するしかないんだから、仕事探ししないと。キュウさんに迷惑かけれない。
一華は、異世界に来て4日経ち、今すぐには戻れない現状を受け入れるしかなかった。
少しだけ前を向いた一華は、山をゆっくり下り、砂浜が綺麗なあの海に向かった。
海はいつものように、光が反射しきらきら輝いている。
波はこの前始めてきた時よりも穏やかなさざなみが押し寄せている。
ーーそういえばあの人大丈夫かな?
この世界に来た日に出会った、意識がない端正な顔の男を思い出した。
一華はキュウに借りている部屋に帰ろうとして、ふと丘の上をみた。
海岸の近くの丘にビンテージの甲板がついているお洒落なカフェを見つけた。
「この前は気がつかなかった。すごいおしゃれ。行ってみよう」
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