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昼下がりのカフェで、時任はうんざりしたような顔で律の前に座って話を聞いていた。
「お前が言いたいことはわかったけどさ、それって夢か現実かわからないんだろ?」
「いや、俺はあれが現実だったと確信している」
「何を根拠に……。で、その子を探す? いるわけないじゃん」
顔を引きつらせて呆れたように笑う時任に向かって律は身を乗り出すと、ぐいっと彼の両肩を掴む。
「いや、絶対にいる! 俺の身体中の五感が覚えてるんだよ。俺の額を撫でたひんやりとした手、膝枕をしてくれた太腿の柔らかさ、困ったような優しい声、唇の感触にフローラルの香り……あとは髪はさらさらストレートに違いない!」
「……冷静に聞いてれば、かなりヤバい奴だよ……」
時任はため息をつくと、ポケットからスマホを取り出して何やら操作を始める。
「一応さ、律に言われてからちょっと調べたんだよ」
「何を?」
「昨日同窓会をしていた後輩グループ。案の定、SNSに写真をアップしてた」
律の前に置いたスマホの画面には、二十人ほどの男女の集合写真が映し出されていた。
「おぉっ! さすが時任! 頼りになるなぁ」
「お前……あんなハイテク機器の中で仕事してるくせに、こういうのはさっぱりだからな」
警察の科捜研という特殊な職場で働いている律は、その手の機械には強かった。しかしスマホに関しては通話、メッセージ、カメラ、検索があれば十分と考えていたため、SNSに関してはまるっきりダメだったのだ。
「……そう考えると、どうして唇に付いた唾液のDNAを採取しておかなかったのか悔やまれるな……」
「そういう発想、気持ち悪いからやめろよ」
「本気にすんなよ。冗談だって」
「冗談に聞こえないんだよ……それにしたって、夢か現実かわからないのに、探す意味ってあるわけ?」
時任に言われ、律は少しの時間考え込んだ。そして夢か現かの中で彼女に言われた言葉をフッと思い返していく。
「うーん……なんていうかさ、その子に言われた言葉を思い返すと、俺の知り合いなのかなぁって思って。しかも悪意を感じなかった、というかむしろ好意を感じたくらい」
「勘違いも甚だしいな」
「まぁ勘違いならそれでも良いかなって。俺って昔からちょっとズレてる所があるし、告白とかされたことないし。告白しても大体フラれるし。それならこの謎の直感に従ってみようかと思って」
「謎の直感?」
眉を寄せた時任に律は大きく頷くと、拳を天井に向かって突き上げる。
「そう。あの子は俺の運命の人に違いない!」
「……うわぁ……ドン引き……」
「まぁなんとでも言ってくれ。彼女を見つけるまでは、とりあえず飲み会も合コンも参加しないと決めた! しばらくは恋愛禁止とする! あっ、お前の結婚式は別だけど」
「いや、まだ先だけど」
時任の最後の言葉は耳に届いていなかったようで、律の瞳は希望に輝いていた。
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