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私はベッドの上から眠る男を見下ろしていた。闇夜に冴え流れる風のような冷え冷えとした気持ちと同時に、男に妙な哀れみを感じた。この男は食事をするために私たちを巻き込む必要があったのだろう。自分で禁じているうちはまだよかった。けれどそういった禁は、決して解いてはいけないのだ。
私は男が熟睡しているのを確認し、ベッドから起き上がった。彼が飲んだのはおそらく睡眠剤だ。自分がしているのが犯罪だと考えてはいないらしい。膝を拘束されていないので立つことはできる。私はベッドから降り、クローゼットに近づいた。
「瑠衣」
小声で呼び、扉に耳をつける。か細い声で紅ぃ、と返事があった。私は泣き崩れたかったが、続けて言った。
「もう少し待ってて。必ず助けを呼んでくる。ここで待ってて」
内側からこつ、こつ、と爪で叩く音がした。返事もできなくらい弱っている。
私は縛られ猿ぐつわをかまされたまま廊下を這った。玄関で起き上がり、後ろ手に縛られた手で鍵を回す。ごとり、と鍵の開く音を聞き、部屋の奥を見たが、男が起きる気配はなかった。
ドアノブを下げ、蛍光灯の灯る廊下に転げ出た。閉まる音が思いのほか大きく響いた。数秒息を殺していたが、あたりは静かなままだった。私は壁に体を押し付けて立ち上がった。
誰かが階段を上がってくる靴音がした。体が硬直する。
「……どうしたんだ」
隣の部屋の男だった。咄嗟に助けてほしいと言おうとしたが、猿ぐつわが邪魔で話せない。彼が結び目を解き、私はやっと解放された。
「助けて。中に、瑠衣が」
「他に誰がいる」
「男が。眠ってる。睡眠剤飲んで……」
彼が舌打ちした。すぐにかがみ込みロープを解く。
「瑠衣、熱があるの。早く助けて」
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