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頭の中で文句を返すなりチェーンのカフェが現れた。あの店のガトーショコラが今月から新しくなったのだ。瑠衣はチョコレートが苦手なのでひとりで食べても恨まれることはない。
ちょっと疲れたし、寄って行こうかな。
カフェの前で迷っていると通りがかりのひょろりと痩せた男に見られていた。むしろ私の方が不審者だと思われたか。
このまま駅に向かいたくない気分になった。それに家事をこなす前に糖分を取るのは悪くない。
甘い誘惑に誘われ、私の足は自動的ともいえる素直さでカフェへ入っていった。
翌週末の午後、メッセージで新居のその後を尋ね、瑠衣から返信があった。今のところ快適。風邪ひいちゃった。
落ち着いて疲れが出たのだろうか。私は心配になり瑠衣に電話をした。いつもは一回鳴るかという早さでで出る瑠衣だが、今日はやけに長い。
「……もしもし」
「えっ、ちょっと大丈夫?」
瑠衣の声を聞くなりそう返していた。甘く跳ねるような雰囲気はなりをひそめ、ずいぶん重い。
「うん……大丈夫」
「大丈夫じゃないでしょ。熱、何度」
「三十……はち」
「おい……」
様々な感情が湧いて瑠衣に向かいかけ、私は沈黙した。具合の悪い瑠衣にかける言葉はもっと別だ。
「今からそっちに行く」
「いいよ。大人しくしてれば治るし」
「すぐ行くから。寝て待ってろ」
電話の向こうで瑠衣が、はは、と笑った。
「彼氏みたい」
「誰が彼氏だ」
聞けば瑠衣の家には食料がないらしい。リクエストはと聞くとアイスクリームと返事があった。
電話を切り、すぐに瑠衣の家に向かう支度をする。黒のコートを着て鏡の前でしばし考え、赤いマフラーを選んだ。
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