22人が本棚に入れています
本棚に追加
男は顎を動かしクローゼットを指したのを見た瞬間、頭が沸騰し、私は男に思い切り体当たりした。
「瑠衣!」
立ち上がろうとした私を、床に転がった男が腕を伸ばし引き倒した。
「暴れるな。楽しくなくなる」
体を強かに打ちうずくまる私の上に不快げな声が降ってくる。両足もロープで縛られ、猿ぐつわをかまされた。自分でも制御できないほど怒りで震え、力が入らない。拘束を終えると男は私を抱き上げ、丁寧にベッドに下ろした。
「そこで待っててね」
男は微笑み、買い物袋の中身を覗きこんだ。ああ、俺と好みが合うとアイスクリームを取り出し冷凍庫へ入れる。鼻歌を歌いながらキッチンで手を洗い、シンクの下を覗いた。
瑠衣はクローゼットの中にいる。熱があったのだ。きっと男が入ってきたときにも抵抗できなかっただろう。私の中を焦燥が焼いた。本当にただ眠っているだけなのか。最悪のイメージが頭を過ぎる。瑠衣。瑠衣。私は叫び出しそうになった。
「誰かとご飯を食べられるって、いいね」
男が嬉しそうに言った。
「君と出会って、僕はようやくまともに食事ができるようになった」
何を言っているのだろう。私は今日までこの男を知らないはずだ。
「この間駅で君を見かけてね。覚えてる? カフェに入っただろう」
先週のことか。私はようやく、こいつが駅前で目があった男だと気がついた。
「その前の日にも会ってるんだよ。君と友達がこの部屋に入っていくのを見ていた」
「……」
男は歌うように続けた。
最初のコメントを投稿しよう!