長い寄り道

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 男は顎を動かしクローゼットを指したのを見た瞬間、頭が沸騰し、私は男に思い切り体当たりした。 「瑠衣!」  立ち上がろうとした私を、床に転がった男が腕を伸ばし引き倒した。 「暴れるな。楽しくなくなる」  体を強かに打ちうずくまる私の上に不快げな声が降ってくる。両足もロープで縛られ、猿ぐつわをかまされた。自分でも制御できないほど怒りで震え、力が入らない。拘束を終えると男は私を抱き上げ、丁寧にベッドに下ろした。 「そこで待っててね」  男は微笑み、買い物袋の中身を覗きこんだ。ああ、俺と好みが合うとアイスクリームを取り出し冷凍庫へ入れる。鼻歌を歌いながらキッチンで手を洗い、シンクの下を覗いた。  瑠衣はクローゼットの中にいる。熱があったのだ。きっと男が入ってきたときにも抵抗できなかっただろう。私の中を焦燥が焼いた。本当にただ眠っているだけなのか。最悪のイメージが頭を過ぎる。瑠衣。瑠衣。私は叫び出しそうになった。 「誰かとご飯を食べられるって、いいね」  男が嬉しそうに言った。 「君と出会って、僕はようやくまともに食事ができるようになった」  何を言っているのだろう。私は今日までこの男を知らないはずだ。 「この間駅で君を見かけてね。覚えてる? カフェに入っただろう」  先週のことか。私はようやく、こいつが駅前で目があった男だと気がついた。 「その前の日にも会ってるんだよ。君と友達がこの部屋に入っていくのを見ていた」 「……」  男は歌うように続けた。
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