長い寄り道

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「ねえ(べに)、柿の種ってなんで柿の種っていうんだろうね?」  コートに袖を通しているときに瑠衣(るい)がカーペットに落ちていた柿の種を拾いながら言う。私は思わず低く唸り瑠衣の顔を見た。 「……知らん」  瑠衣が甘えた舌ったらずな言い方で私の紅香(べにか)という名前を紅と呼ぶとき、ベニーに聞こえなくもない。私は嫌いではない。 「本物の柿の種って丸いよね」  瑠衣は思いつきで言っているだけなので、特に答えは求めていない。私も種子状のあられが他に落ちていないかざっと確認した。昨夜酔っ払って皿をひっくり返したのは私だ。見たところ柿の種はなかった。 「掃除するから大丈夫だよ」 「うん。ありがと」  南向き単身向けの部屋はリフォームしたばかりで、午前中の明るい光がさんさんと差し込んでいた。パステルカラーで整えられた部屋はいかにも女の子らしく、私には無縁の色合いだ。ずいぶん遅くまで話していて、もう無理というところで眠ったので、少し目の奥が重い。 「寒いからこれ持っていきなよ」  玄関で座ってブーツを履いていた私の首に、瑠衣がクローゼットから出した赤いマフラーをかけた。自分のマフラーは瑠衣のうちにくる途中電車でうたた寝をして、慌てて降りたときに忘れたらしかった。 「あげる。もう使ってないから」 「そう?」 「似合うよ」  瑠衣は柔らかくにっこりと笑った。光の細かな粒子が彼女に降る幻が見えそうだ。栗色の髪が柔らかそうな白い肌に合って、わずかに首を傾げると肩にふわりとかかった。  ありがたくマフラーをもらい、代わりに以前瑠衣が欲しがっていたセーターをあげる約束をした。高校生の頃から変わらないやりとりだ。 「本当に送っていかなくても大丈夫?」
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