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 今度こんなことをしたら、必ず神様に言いつけると朴の木助をしっかりと脅して、椚丸と暁はみのり渓谷へ戻ってきた。 一週間ぶりのみのり渓谷の木々の葉は、いまだに夏から季節が止まってしまったかのように青々としている。 「迷惑かけたな。ありがとよ。」 少し寂しそうに笑って、椚丸は暁に左手首を出すよう促した。 暁は左手を差し出すのをためらった。毎年訪ねていたにも関わらず、椚丸は暁の前に10年近く現れなかった。今回だって、きっと筆が盗まれなければカメラの前には出てこなかっただろう。本来交わるべきではない違う世界の住人だと言っていた。これでお別れになるのだろう。 「思い出した子供の頃のことも、もちろんだけど…お前と一緒に大学の講義を受けたのも、食堂でそばを食ったのも、テレビやスマホの説明を苦労してしたのも、キムチ鍋をつついたのも、いい思い出だ。今日のことも心に残る冒険だった。」 この歳になって涙が出そうだ。恥ずかしい。 「今度は忘れない。もう、会えなくても、ちゃんと覚えておくから。」 鼻の奥がじんとする。椚丸は驚いたような悲しそうな顔をしている。 「え…お前もうここにはこないのか。」 「もちろん来るよ!毎年紅葉を撮りに。」 椚丸の表情は今度は腑に落ちないといった感じのものに変わった。 「お前、俺がお前のカメラにもう写りに行かないと思ってんのか。」 「え、写ってくれんの?」 顔を見合わせた2人の間を、秋の風が通り過ぎた。 「そのつもりだったぞ、俺は。年一ぐらいこの世界のやつと関わっても神様は許してくれる。」 「神様寛容なところもあるんだな…じゃなくて!」 だったらなんで今まで出てきてくれなかったんだよ、とつっかかる暁に、しかたないだろと椚丸は言い返した。椚丸のことを忘れてしまった暁の前に出るのは、ばつが悪かったというか、癪だったというか、恥ずかしかったというか…と椚丸はごにょごにょと言い訳した。 「もうわかったよ…とにかく、素敵な紅葉を楽しみにしてるよ。」 「おう、任せとけ!今年はさすがに俺はもう写らねぇが、よかったら撮っていってくれ。」 自信満々の笑顔で、椚丸はするりと暁の左手首の赤い紐をほどいた。椚丸の姿はふっと消えた。 暁はただ1人残された。今の今まで夢を見ていたのではと思えるほど自然に、椚丸の存在は目の前からなくなってしまった。 「こっちだ!」 椚丸の声がした気がして、暁は顔を上げた。夕日に照らされた頭上の葉が黄色く染まっていく。徐々に色は広がっていきあるところでは紅、あるところでは橙、と鮮やかなグラデーションを作っていく。 先ほど引っ込んだ涙が、すうっと頬を伝った。 椚め…いい仕事しやがって。暁はカメラを構えた。 カシャリ。思い出を一枚、重ねていく。
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