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 あの日、10歳だった暁は悲嘆にくれて、遺品のカメラを持ち祖父の家から徒歩約20分のみのり渓谷へと1人歩いた。祖父とよく来た滝の前でカメラを構えた。すぐ横に祖父が立ってくれている気がした。シャッターボタンをぐいと押し込むと、カシャリ、と小気味いい音がした。そして視界は暗くなった。カメラを顔から離すと、そこには天狗がいた。 呆気にとられていた暁に椚丸は言った。 「慶太郎は逝ったか。」 まだ乾ききらない暁の瞳に、ぶわっとまた涙が溢れた。ぎゅっとカメラを握りしめる。そうすれば、祖父がいなくなった現実を拒否できるかのように。 「俺は椚丸。慶太郎とは…そうだな、友人だった。」 目の前の不思議な現象より悲しみが大きすぎて、暁は何も言えず泣き続けた。そんな暁に、椚丸は祖父との思い出を語って聞かせた。 「俺がたまたまそのカメラに写ったのがきっかけだ。暁、お前のことは色々聞いてる。」 天狗という不思議な存在の話と自分の知らない祖父の姿を聞くことで、暁の悲しみは少し紛れた。話をしながら徐々に椚丸の姿は薄れていった。 「え、ちょっと、いなくなっちゃうの?」 「カメラでつないだだけじゃ、あんまりもたねぇな。しょうがねぇ、ちょっと待ってろ。」 椚丸は複雑に両手の指を組み、ブツブツとなにか唱えたかと思うと、暁と同い年くらいの男の子の姿になった。手首には赤い紐。暁の手首と繋がっている。その姿のまま椚丸は、みのり渓谷のそこかしこを見せながら、祖父との出来事について語った。 「明日も会える?」 日が暮れる頃、暁はすがるように尋ねた。椚丸は「ん〜…。」と困ったような顔をしたが、最終的に頷いた。 「今日と同じところで写真を撮れ。」 そうする!とかぶせ気味に答える暁の手首に固く結ばれていた紐を椚丸がするするとほどくと、紐も椚丸の姿も暁の眼前からすっと消えてしまった。 祖父の葬儀やら遺品整理やらもろもろが片付くまで数日間暁は母親の実家に滞在した。その間、暁は毎日椚丸に会いに行った。 滞在最終日。 「慶太郎は、この紅葉がとても好きだった。」 「俺も好きだよ。」 赤、黄、橙、ところにより緑。紅葉した葉のグラデーションは見る者の目を圧倒する。流れる水の音、湿った土の匂い、冷たい風も、心を熱く切なくさせるこの景色の美しさを引き立てていた。 「俺はここから出られないけど、毎年ここの木達をきれいに染める。だから、お前も慶太郎みたく写真を撮りに来いよ。」 「もちろん!約束する。」 少し笑顔の見られるようになった暁の頭をぽんぽんとなでるように叩き、椚丸するりと赤い紐をほどいて消えていった。
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