夜道

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夜道

月明りのような、青白い小さな光が、御簾の隙間から入り込み、抱き合う宗孝と余理をからかう様に飛んで行く。 「ホタルだわ。もう、お帰りの時が来たようですね」 余理が、残念そうに言った。 「ああ、もうそのような……」 宗孝も、心残りを感じるのか、言葉が重い。 「宗孝様、お支度を」 余理は身を起こし、ホタルや、と、声をかけた。 「はい、およびで?」 飛んでいたはずの、光は、童子の姿に変わり、その後ろから、次々女童子達が現れた。 幾人もの女童子は、余理様、余理様と名を呼びながら、余理を囲んだ。 「いつもながら、なんとも、手際の良いことよ」 寝転ぶ宗孝の視線は、化粧を直し、着替えを済ませた余理の姿を捉えていた。 「……宗孝様もお支度を」 呟き、そっと、寝所(しんじょ)を、余理は去る。 あれほどいた女童子達も、いなくなり、宗孝の前には、童子がいるのみだった。 「さあ」 脱ぎ散らかしていた衣を、わざとらしく差し出され、宗孝は顔を歪めた。 「童子、いや、ホタルよ、からかうでない」 ふふふ、と、ホタルと呼ばれた童子は、大人びた笑みを浮かべるが、一転、真顔になった。 「お戻りの時が迫っております。お急ぎを」 手渡される衣に手を通しながら、宗孝は、頷いた。 ここは、余理が、住む庵。 あやかしの住みかである為に、人である宗孝が、長居出来る所ではないらしい。 朝を迎える前に、この庵を離れなければ、誠の姿を見てしまうと、余理にきつく言われていた。 誠の姿とは、と、宗孝が余理に、尋ねても、心の底にお忘れになられたか……。と、返ってくるのみ。 わからぬ──。 わからぬが、宗孝は、その姿を、見てはならない、否、見たくないと覚え、言われるがまま、逃げるかの様に庵を去っていた。 そして、庵を一歩出たとたん、宗孝の記憶は朧気(おぼろげ)になり、気付けば、夜道を、一人、馬にまたがり、屋敷へ向かっているのだった。 今宵も、誰からの見送りを受ける訳でもなく、余理と、共寝の朝を迎えて別れる、後朝(きぬぎぬ)の別れを行う訳でもなく、宗孝は庵を去った。 「宗孝様、途中で、頼近(よりちか)様に出会われますよ」 去り際に、宗孝は、囁き声を聞く。 「そうか」 と、答えたとたん、宗孝は、馬にまたがり、大路を進んでいた。 ここが、どこの大路か分からない。ただ、馬には、分かっているようで、悠々と進んでいる。 暫く行くと、確かに。 松明(たいまつ)の、明かりが数個浮かび、牛車の大輪(おおわ)の、音が響いている。 いよいよ宗孝が、近づくと、牛車の側面にある小窓、物見から、宗孝と、声がかかった。 「……頼近か」 答える宗孝へ、 「ははは、読み通りだった。宗孝!そなたに、会えると思うたのだ」 宗孝よりも、幾分若く、育ちの良さそうな声が応じた。 そして、さあさあ、と、言われるままに、宗孝は、牛車へ移っていた。 頭中将(とうのちゅうじょう)の誘いを、頭弁(とうべん)である宗孝が、断る訳にはいかない。 もちろん、頼近は、位など気にするような男ではないのだが、上流貴族であり出世頭の若者と、かたや、やもめの中流貴族では、やはり、宗孝の方が気を使う。 宮中における万事を申し行う中将と、下級機関からの文書の受理や、お上からの申達を連絡する、事務方である、頭弁は、職務上、関わる事が多い。 仕事をこなすうち、二人は、気が置けない仲になっていたのだが、 頼近が、堅実に職務を果たす宗孝へ、憧れ、懐いているというのが正しいのかもしれない。 さて、車の中では、案の定というべきか、頼近は、例の琵琶の話を持ち出して、共に、羅城門を見に行こうと言い出していた。 頼近は、噂話、それも、奇っ怪な話に目がない。 わざわざ、宗孝を探し、供にしようと目論む若者の願いを、断る訳にはいかまいと、宗孝は、渋々承諾したのだった。
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