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羅城門
夜の羅城門は、不気味さを増していた。
そこかしこに、古びた筵にくるまり、横たわる人影が見える。
すえたような、思わず鼻をつまみたくなる異臭が、漂っている。
「……夜は、これ程のものであったとは……」
あまりのこと、なのだろう。頼近からは、勢いが消え口数も少なくなっていた。
「頼近よ、鬼が琵琶を吊るすのだろう？人ではないモノが、現れるのだ。此くらい荒んでいるのも不思議ではない」
「いや、まあ、そうだが、鬼は、単なる例えと……ん？」
宗孝！と、頼近が、声を上げ前方を凝視している。
琵琶だ。
噂通り、門の楼閣から、琵琶が、吊るされている。
「……そんな、ばかな」
信じられないと、頼近は、固まっていた。
「頼近、お主は、信じていたのだろう？それを、今さら、驚いて。ああ、噂は、誠であったか。と、なると、これは、もう噂ではないな」
「宗孝よ！何を呑気な事を言っておる！あの、琵琶は！」
ざくっと、砂利を踏む音がした。何者かが、駆け出そうとしている。
──宗孝様、ホタルがおりますわ。
宗孝の耳元で、囁き声がする。
(余理か。主も、気になったか)
ふっと、笑みを浮かべた宗孝は、すぐに緩んだ頬を引き締めた。
こんな時に、喜んでいる場合かと、小言の一つも頼近に言われてしまうと思った矢先、うわっと、男の叫び声がする。
ざっざっと、地面へ転がりこむ様な音がして、その声の主は、ひいぃと、慌てふためいている。
「宗孝！早う！」
頼近は、逃がしてはならぬとばかりに、声がする方へ駆け出した。
ホタルが、その者に悪さしているのだろうと、分かっていた宗孝は、付き合い程度と、後を追う。
「ひぁーー！あぁ！！あ、足が、足がっ！」
悲鳴とも泣き声とも、つかぬ、若者のものが、流れて来る。
「どうした」
追い付いた宗孝の問いに、頼近は、戸惑いながら、地面で転げ回る男を指差した。
「あれが、鬼……の正体なのだろうか……」
「そうだなぁ」
男の足元から、小さな光が、飛び立つのを、宗孝は見逃さなかった。
きっと、ホタルが、逃さぬよう、足元へ巻きついたのだろう。
「そこの鬼、なんぞ、語ってみよ！」
宗孝が、男に圧をかける。
「お許しを！」
男は、うわずった声で懇願してきた。
すると──。
うわあーー！琵琶だっ！！
羅城門を潜る何者かが、騒いでいる。
多少、呂律が回っていない様子から、かなりの酒を飲んでいるのだろう。
酔いの為に、道を迷うて、門へ来てしまったか、叉は、門を潜って帰らなければならない、片田舎に住む者か。
どちらにしても、その者は、噂を知っている様で、鬼じゃ、と、居るわけもないものを怖がり、ほうほうのていで、逃げ出した。
「男、あのように、人を恐れさせ、惑わして。事と次第では、ただではすまさぬぞ」
落ち着きを取り戻した、頼近が、頭中将らしく、威厳を見せた。
「どうか、ご勘弁を！」
男も、こちらの、態度や口振りから、それなりの位の者と理解したようで、物腰は常に低かった。
「……あの日、忘れたのです」
先程から男の語りに、宗孝と頼近は、耳を傾けている。
「物を忘れた？それで、何故琵琶が、吊るさなければならぬ？」
宗孝が、不思議そうに頼近を見た。
「宗孝、それは、あの、琵琶のせいなのだよ。そなた、雅楽寮の楽人だな？」
言う頼近に、男は頷き、話を続けた──。
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