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下町の敷地の狭さゆえに、天に伸びるしかない住宅のあいまに、赤いものが目に入り美世は足を戸めた。なじみのない家並みなのは、図書館へ向かうバスを一つ手前の停留所で降りたためであった。
長く過酷だった夏は終わり、秋の兆しが風に感じられるようになった。夕方にはあっという間に訪れる。
これほど、季節の移ろいというのは人の意志に無慈悲なのか、と美世は思う。今年34歳の女にとって夏の暑さに慣れたころに秋風が吹くと、体が軋むような気がした。
それししても黄昏の一歩手前の時間にバス停のひと区間を歩こうと思ったのは偶然だったのだろうか。
停留所でおりていった人影がだれかに似ている気がしたのだ。その人の顔を確かめたい、と思ったのかもしれない。気が付けば椅子からばねのようにはねて、バスのステップを蹴って歩道に降り立っていた。
停留所におりると例の女性の姿はなく、美世は狼狽した。あちこちにつながる路地は影を隠す名人なのだ。
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