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衝動的な行動をとらせたのはバスを降りる時の横顔が、母ではないか、あるいは年老いた自分にみえたという理由からであった。
髪が半分白い年老いた自分と錯覚する女性は肌色のタイツを足首にたるませていてだるそうに見えた。あるいはだらしなく。
「待って」と彼女の前に回り込み、面影をもとめるほど、自分は何に飢えているのか。
バスが発車し排気ガスのむせかえる臭いにはっとわれに返り、バックを持ち直し、もう一度彼女の残り香でも漂っていないか確かめた。
暮れかけた町はまどろんでいるように、何の物音もしなかった。
美世は図書館に向かい歩き始めた。一停留所歩くことぐらい、どうということない、と自分に言い聞かせた。
「こういう突飛な行動は以前はなかったのににな」と自嘲する。
そうなのだ。女一人都会で生きて行くためには、隙のある行動は命取りになる。常に段取りを考え、細かく算段して日常をおくらなければ、足元をすくわれる、のだ。
それなのに、一年半前から……時々変になる、美世は雑念を払う様に顔を上げ、暗くなる一方の空を仰いだ。
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