酔芙蓉

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 男女が抱き合って手足を巻き付けている姿をイメージし、その考えを否定し、あとずさりしてバス通りに戻った。  淫猥な画は清純で可憐な花に失礼な気がした。  反面 「芙蓉の反は成熟した女に似あうから」と誰かに云われた気がした。  こんなふうに視界にとびこんできた花が記憶を呼び覚ますことになるとは。  金曜日の図書館は夜の9時まで開館している。すっかり暗くなる前に光を求め、本が灯す心の灯りに焦がれる虫のように人は集まる。美世はその虫の一匹だ。体は焦げて燃え尽きることもあるのに。  ぎしぎしと音を立てる重い扉を押せば、中は学生や勤め帰りと思われる人で混んでいた。  夜に近い時刻には年老いた人はいない。かれらは皆早寝早起きなのだ。  美世は手さげかばんの底におとなしくしていた他愛ないミステリ小説を返却すると、禁帯出の本のコーナーに向かった。
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