花婿の船

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 そのうち息が切れて、サーリーは草むらの中に立ち止まった。強い風に汗ばんだ体が冷え、身震いする。 「……帰ろう」  顔を上げると、巨大な赤いリガヤがあった。こちらを覗き込まれているような気がして、サーリーは慌てて方向を変えた。耳もとでごうごうと風がうなり、草むらはうねって足をたたく。濁流の中を歩いているような心もとなさにおそわれて、サーリーはパニックになった。ここはどこだろう。どっちに帰ればいいんだっけ? 「サーリー、どこだ?」  そのとき、聞き覚えのある声が呼びかけてきた。よくとおる、落ち着いた声。 「アンシエー……アンシエー! どこにいるの?」  暗闇に叫び返すと、視界の端に光がひらめいた。一度暗くなり、再び光る。サーリーは光を目指して歩いた。光がもう一度点滅したかと思うと、そこにアンシエーの姿があった。 「サーリー、良かった。迷子のための合図が役に立ったね」  そう言うと、アンシエーは灯していたランプを消した。ザイオンは穏やかな気候と豊かな自然に恵まれているが、エネルギー資源には乏しい。貴重な燃料を使わせたことを申し訳なく思いながら、サーリーはあたりを見回した。 「……みんなは?」 「まだ上にいる。変なこと言ったやつには、シドが怒ってたよ」  アンシエーが微笑する。それを見ると、サーリーはどうしてもうつむいてしまう。 「サー、まだ怒ってるの?」 「違う。ただ、アンシエーやシドが羨ましくて。あたしも、リガヤに行って冒険をしたかった」  アンシエーは、眩しいものを見るような目つきでサーリーを見た。 「冒険? サーリーらしい、壮大な夢だなあ」 「からかわないでよ!」 「からかってないよ。ただ、ぼくらの誰も、そんなすごいことは考えていないと思ってさ。例えば……」  マローは、家畜の世話が嫌いだろ? 岩石だらけのリガヤに行けば、家畜がいないと思ってる。そんなはずないのにね。ぼくらはそう言ったけどマローはもうムキになって、今では小遣いまで賭けているよ。  ブルークは、リガヤの女の子とも付き合ってみたいという理由で今のガールフレンドを振っちゃった。『出航』前に別れるカップルは少なくないけど……。彼の態度はデリカシーが無さすぎたんで、同世代の女子たちに大激怒されて、もう引き返せないみたいだ。  ギュイはあんまり何も考えてない。「みんなが行くなら行こうかな」くらいの気持ちで船に乗るらしいよ。 「何、それ」  サーリーは呆れ、しまいには笑ってしまった。 「信じられない。そんな理由でザイオンを離れるなんて……」 「ほんとにね」
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