花婿の船

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「じゃあ、シドは? リガヤの男に勝つ! っていつも言ってるけど、それが理由なの?」 「これは、内緒なんだけど……」  アンシエーは真面目ぶった口調で言った。 「シドは以前、リガヤ資料館で見た写真の女の子に恋してるんだ。二回前の『花婿』の寄贈品だから、もう百年も前のものだけどね。その子のひ孫かやしゃごがいるはずだって、シドは信じているんだよ」  サーリーは兄の意外な一面にくくっと笑ったが、その後に言った。 「好きな人のために故郷を出ていくっていうのは、素敵な理由だよね」 「そう思う?」  アンシエーは微笑して、サーリーを見た。そのとき、サーリーは久しぶりにアンシエーの目を見つめることができた。黒くて優しい瞳だった。 「アンシエーは、なんでザイオンを離れるの?」 「ぼくは迷ってるよ。リガヤに行くか、留まるか」 「どうして? 親に止められたの?」  サーリーは驚いた。シドの仲間たちは全員リガヤに行くものと思っていたのだ。 「そうじゃないよ」  アンシエーは苦笑した。 「ザイオンに残りたいと思うのは、大切な人たちがいるから。両親や……友人がね。リガヤに惹かれるのは、ザイオンには無い様々な機械を作っているからだ。彼らの技術を学んで、いつかザイオンの暮らしに役立てられたら、素晴らしいだろうと思うよ」 「じゃあ、リガヤに行かなきゃ!」  サーリーは思わず叫んでいた。 「アンシエー。あんたの理由は、今まで聞いた中で一番まともで崇高で、それにかっこいいわ」 「……サーリーはそう思うの?」 「もちろんよ! アンシエーがザイオンに残るつもりなら、それはそれで……嬉しいけどさ」  言葉にしてみると、それも本心と思える。黙り込むサーリーをしばらく見ていたアンシエーは、やがて口を開いた。 「ならぼくは、リガヤに船を作りに行こうかな。その船にサーリーを乗せてあげる」 「リガヤで、船を?」 「ああ。リガヤは岩石の多い惑星で、洞窟の中に街をつくって住んでいるんだ。岩の中には燃料や鉱物がたくさんあって、彼らの技術はザイオンよりずっと進んでいる。新しい『船』を建造しているという噂もあるんだよ」  目を丸くするサーリーに、アンシエーは足を止めて向き直った。 「十五年……いや十年でいい。サーリー、ぼくが『船』に乗って迎えにくると言ったら、待っていてくれる?」 「もちろん! 迎えに来てくれたら、どこにでも行くわ!」  驚きと喜びに、サーリーは何度もうなずいて約束した。そのときのアンシエーの笑顔は、それからずっとサーリーの心に残った。
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