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歪み切った森の中、その奥。
人々から恐れられた魔女と、巨大で醜い怪物が住んでいました。
一人と一匹は、いったいいつから一緒に暮らしているのかわからないくらい、長いこと共に暮らしていました。とても仲良しで、憶えている中、喧嘩をした記憶はありません。歪み切った森に他の人はおろか、動物もいませんが、一人と一匹はとても仲良しなので、毎日楽しく暮らしていました。
朝が来たら一緒に起きて、ご飯を食べて。
お昼には、本を読んだり、何か作ったり、お散歩したり。
夜になれば、また一緒にご飯を食べる。
怪物は巨大なので、魔女の家には入れませんが、いつでも一緒。
そんな、穏やかで幸せな日々を、ずっと続けていました。
「魔女よ、恐ろしい魔女よ。どうかそのおぞましくも、あらゆる可能性を秘めた力で、我々を助けてはくれないだろうか」
ある日、森に人間達がやってきました。
歪み切った森に、普段は誰も近付きません。魔女に会おうとする者なんて、これまで誰もいませんでした。けれども人間達は、どうしてか、魔女を尋ねて来たのです。
人間達は、歪み切った森から一番近い村に住む者達でした。どうやら、人間の力ではどうしようもないことに見舞われたようです。それこそ、恐ろしい魔女を頼るほどに。
魔女は最初、ひどく驚いていました。それは人間達もでした。恐ろしい魔女だけでなく、巨大で醜い怪物もそこにいたのですから。
やがて、心優しい魔女は、人々の願いを聞くことにしました。一度森を離れて、村に向かうことにしたのです。
巨大で醜い怪物は、お留守番。魔女は魔女ですが、見た目は普通の人間です。対して怪物は、誰もが恐れる姿をしています。
「大丈夫、終ったら、戻って来るわ」
怪物は魔女と、人々を見送りました。
* * *
魔女は、その力で無事に人々を救い、歪み切った森の奥、怪物の元まで帰ってきました。
以来、森に人間が入るようになり、また魔女も村に行くようになりました。
人間達は、魔女が聞いていたよりも恐ろしい存在でないことを知り、魔女もまた、人間と会話することが楽しいことだと知ったのです。
今日も魔女は、村に行きます。巨大で醜い怪物は、またお留守番。
いつもなら一緒に散歩していたのに……なんて怪物は考えますが、村人との日々の交流に、いままでになく幸せそうな魔女を見れば、怪物も嬉しくなります。
けれども、寂しくないわけでは、ないのです。
寂しさは不安に変わります。かつて恐れられていた魔女は、人間に受け入れられ、魔女もそれを喜んでいる。でも、巨大で醜い怪物である自分は、人間とは仲良くできない――もしもこのまま、魔女が人間と仲良くなって「村に住む」なんて言い始めたら、どうしたらいいのか。
人間達に、魔女をとられてしまう!
……だからといって、怪物は人間を傷つけるようなことを考えませんでした。だって、人間はいまや魔女の友達。怪物にとって大事な存在である魔女、その魔女にとって大事な存在です。傷つけて、魔女を悲しませてはいけません。
そう、大好きな魔女を悲しませたくないのです。彼女には、いつも笑っていてほしいのです。
「それじゃあ、今日も行ってくるわね。お留守番をお願いね」
だから今日も、怪物は一匹でお留守番。魔女を引き留めることもできません。村へ向かう魔女は、とても楽しそうにしているのですから。
もしも自分が巨大で醜い怪物でなかったのなら、村に向かう魔女に、ついていけたかもしれない。より一緒にいられたかもしれない――そんな風に思いながら、怪物は離れていく背を見つめます。
それが、怪物が最後に見た、魔女の姿でした。
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