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僕にとっても、今日、11月25日は特別な日だ。たぶん、誕生日やクリスマスよりも。
いつか、この日を今夜を好きな人と一緒に過ごせたら、自分の中の何かを変えられる。ぼんやりとだけれど、そんな風に思っていた。
もし、そのことを松葉さんに話せていたら、その理由を打ち明けていたら、彼女はそばにいてくれただろうか。
デスクライトだけ点いた人けのないオフィスで、ひとりスマホに問い掛ける。
「君ならどうする?ハル」
画面に訊ねてみても、彼から返事が来ることはない。静止画は喋り出さないし、ましてや答えなんか返してくれないのだ。
ふと視線を感じて顔を上げると、帰り支度を済ませた夏目さんが心配そうにこっちを見ていた。まずい、もう僕だけだと思ってたのに。
「あっ、もう帰ります!大丈夫です!」
疑問形の独り言に対してか、ぎこちない笑みに対してか、夏目さんは首を傾げていたけれど、「あんまり落ち込むなー、ファイトー」と間延びした声援をくれてから、オフィスを後にした。
暗い室内に再びスマホの液晶が光る。笑顔のハルと目が合った。あの頃のまま、変わらない笑顔だ。
中学の頃、得意なこともなく、人と話すことすら苦手だった僕を救ってくれたのが、ハルだった。
クールだけど情に厚く、どんな困難にも怯まず立ち向かい、弱い人や困っている人を全身全霊で助けるハルの姿は、今でも僕の憧れだ。
困った時、悩んだ時、僕は必ずハルのことを考えた。
彼が生きていたら、僕の立場だったら、一体どうしただろう。
静かに目を閉じて、彼の言葉を思い出す。
〝突き進め。突破口は自分で作るんだ。〟
瞼を持ち上げる。またハルと目が合う。
諦めるな、と言われた気がした。
「Ready…Set…Go !」
ハルの真似をして呟くと、不思議と勇気が湧いてくる。
魔法の呪文に背中を押されて、僕はメッセージの送信ボタンをタップした。
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