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「毎年、この日だけはお休みをもらってるの」
松葉さんは缶を両手で包んだまま、その指先を見つめるように目を伏せた。 僕は邪魔にならないよう、「はい」とだけ相槌を打つ。何となく、これから重要なことが告げられる気がして。
普段よりも色の薄い唇が、浅く内側に巻き込まれる。躊躇う時に見せる仕草だ。
沈黙が気まずくないかと訊かれればノーとは答えられないが、またこうして社外で会ってもらえた喜びが勝っていた。これが最後にならないよう、全力を尽くさなければいけない。諦めずにチャレンジすると、画面のハルに誓ったばかりだ。
「今日のこと…ナツから何か聞いた?」
「いえ…夏目さんは本人が話さないなら言えないって。病欠じゃないとは教えてくれました」
不安げに上がった語尾に首を振ると、彼女は俯いたまま「そっか…」と小さく頷く。
缶を持つ細い指が落ち着かなさそうに頻りに動く。真摯に向き合おうとしてくれている彼女に、僕も応えなければと思った。
「…すみません。〝越えられない壁がある〟とだけ聞きました」
夏目さんから与えられたヒントめいたワードを白状すると、松葉さんは
「壁かぁ…そうかも」
と呟いて、控えめに笑った。長い髪の先を、さらりと風が揺らす。
会社でもプライベートでも、いつも束ねていた髪が今日は飾り気もなく下ろされていて、改めて僕の知らない松葉さんがいることを知る。
彼女は切り出すための言葉を探すように、湾曲した缶の表面を指で撫でたり、頬を擽る髪を耳に掛けたりしながら口ごもった後で、きゅっと唇を結んでから話し出した。
「あのね、安藤くん」
「はい」
「あたし…安藤くんに言ってなかったことがある」
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