今日の彼女と僕の今日

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「今日は…11月25日は、〝推しの命日〟なの…!」 「……推し…ですか?」 「そう、推し!推薦の推って書いて推し!あたし、筋金入りの二次元オタクだから!」  早口言葉より早いテンポで一息に紡がれた台詞が、混乱する頭の中でぐるぐると回る。  それを追い掛けるように軽く上を向いて瞬きをする僕に、松葉さんは今まで胸につっかえていたであろう気持ちを吐き出すように話した。 「できれば引かないでほしいんだけど、推しと恋愛は全くの別物なの、二次元とか三次元とか以前の問題として別次元なの。安藤くんのことは本当に大好きだし素敵な恋人で何の不満も文句もなくて、だから推しはあくまで推しで尊ぶべき対象としての好意であって、決して浮気とかそんな浮ついた感情じゃなくて、推しの存在によって毎日お仕事も頑張れてるし、あたしにとっては必要不可欠で、できれば引かないでほしいんだけど」 「まっ、松葉さん、一旦落ち着きましょう!僕引いてない!全然引いてませんから!」  空けた右手を互いの体の間に差し込んで促すと、彼女は存外あっさりと口ごもり、代わりに不安げに潤んだ瞳で見つめてきた。 「ほ…ほんとに?ほんとに引いてない?」 「はい。何て言うか…ちょっと予想外で、びっくりはしたんですけど…引いてはないです、全然」  頷きながら答えると、松葉さんは視線を絡めたまま、もうひとり座れる程度あった間合いを少し詰める。 「毎月お給料の半分くらい推しのために使ってても?」 「生活が大変じゃないなら、別にいいと思います」 「毎年推しの誕生日に部屋中バルーンで飾り付けてケーキも用意して生誕祭開催してても引かない?」 「あっ、SNSで見たことあります、そういうの!僕飾り付けとかセンスないから、すごいなぁって尊敬…」  します、と言う前に、僕を見つめる瞳から涙が零れ落ちた。
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