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「えっ、ごめんなさい!僕なにか…」
「ううん、違うの」
顔を俯かせてコートの袖で目元を覆いながら、松葉さんは大きく首を振った。
「あたし、嬉しくて…。今まで、そういうのがバレてフラれたり…ドン引きされてフィギュアとかポスターとかグッズとか、根こそぎ捨てられそうになったりしてきたから…」
「そ、そんなことが…」
1週間前にフラれた身として迷いはしたものの、涙を流す彼女を傍観できるはずもなく、差し出していた右手で震える肩をそっと撫でる。
「僕自身はあんまりアニメも観ないし、漫画も本持ってるのを読み返すくらいで全く詳しくないですけど…でも、松葉さんの好きなものを否定はしないし、したくないです。推しのことが大好きなところも全部含めて、松葉さんですから」
彼女は「ありがとう、安藤くん…」と涙声で呟いて、細い肩を竦めた。
その肩をできるだけ優しく撫でながら、僕はかつて夏目さんからもらった、とあるアドバイスを思い出す。
彼女の部屋には、誘われるまで決して行きたいと言わないこと。
忠告がなければ、うっかり口走って彼女を困らせたかもしれないと思うと、改めて感謝を伝えなければと思った。
数分して顔を上げた松葉さんは、泣いたせいか冷たい夜風のせいか、ほんのり赤くなった鼻の頭を照れくさそうに指先で隠して、濡れた目を伏せた。
「缶コーヒーもね、推しがブラック派だから、つい買っちゃうの。ほんとは甘いのが好きなんだけど…」
「そうだったんですね。でもわかります、僕も実は微糖派なんで」
「そうなの?」と微笑んで、彼女は胸に抱いていた缶を手中に握り直す。見つめる視線が優しかったのも推し効果かと思うと、ほんの少しだけ妬ける気もした。
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