9人が本棚に入れています
本棚に追加
「推しがね、亡くなる前に飲んでたのもブラックの缶コーヒーだったんだ。フィアンセとのデート中に、公園のベンチで。だけど、仕事の電話で呼び出されて、そのまま…殉職してしまうってキャラで…」
「…えっ?」
思わず漏れ出た声に、松葉さんはハッとした様子で僕に目を戻す。
「あっ、ごめんね、こんな話…湿っぽくなっちゃうよね」
「いや…」
慌てて話題を逸らす彼女に一言しか返せなかったのは、混乱が脳内に舞い戻ってきたからだった。
ブラックの缶コーヒー、フィアンセ、公園のベンチ、呼び出しの電話、殉職ーーー。
覚えのあるシーンに、モノクロの風景がフラッシュバックする。
「松葉さん」
「うん?」
「もし間違ってたら、すみません」
速い鼓動も戻ってくる。緊張感。そして、可能性に期待する高揚感。
きょとんと首を傾げる彼女に、僕は心の中で魔法の呪文を唱える。
〝Ready…Set…Go !〟
「もしかして、松葉さんの推しって…〝ハル〟ですか?〝ハロルド・ブラッド・ランフォード〟」
うっすら赤く色付いた目が、ゆっくりと見開かれる。
「えっ…安藤くん、知ってるの?ハリーのこと」
「もちろんです!〝エヌドリ〟は僕が人生で一番大好きな漫画ですから!」
最初のコメントを投稿しよう!