9人が本棚に入れています
本棚に追加
11月25日。松葉さんが会社を休んだ。
思えば、昨日も様子が変だった。いつも笑顔で明るい彼女が、終始そわそわと落ち着かない雰囲気で、オフィスの誰より速いタイピングも時折思い耽ったように指が止まっていた。
「気になる?アキのこと」
「えっ」
デスクで昼飯を食べていたら、不意に声を掛けられた。喉に詰まりそうになったチキンサンドの欠片を緑茶で流し込んでから振り向くと、カフェの紙コップを手にした夏目さんが後ろに立っていた。
言い当てられて驚きはしたが、正直、声の主はわかっていた。松葉さんと夏目さんは同期入社の親友同士で、会社で彼女のことを〝アキ〟と名前で呼ぶのは夏目さんくらいだから。
夏目さんはデスクの持ち主である同僚に一声掛けてから僕の隣の椅子へ腰を下ろすと、スリーブの巻かれたカップを持つ手で2列先にある松葉さんの席を指差す。
「朝から何度も見てたから」
「ああ…」
考えていることがわかりやすいとよく言われるが、こういうことか。僕が自分の単純さを恥じる前に言葉が続く。
「別れたって聞いてはいたけど…ホントみたいね」
フレンチネイルが指差す先を一瞥して、僕は頷くついでに項垂れた。
松葉さんから別れを告げられたのは、ほんの1週間前。交際して3か月の記念に隣県の水族館へ出掛けた帰りだった。
理由を訊いても答えてくれないし、何とかチャンスを貰えないかと頼んだけれど、彼女は『ごめんね。安藤くんが悪いんじゃないの』と涙ぐむばかりで、取り付く島もなかった。
「…僕、気付かないうちに傷つけてしまったんでしょうか」
ぎゅっと手に力が入ると、パンの間から照り焼きチキンと千切りキャベツが顔を出す。
俯く視界の端でショートヘアが首を振った。
最初のコメントを投稿しよう!