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1976年秋
二学期になった。
衣替えが済んだ、ある秋の日の午後。
龍彦は校門を出た所で、夕介が上級生らしい男と、一緒に下校するのを見かけた。どうやら剣道部の練習は休んだようだ。
上級生の顔には見覚えがあった。
水泳部のキャプテンで、3年の水野だった。
夏に他校との対抗試合を見に行った時、リレーのアンカーを務めた選手だ。短髪で、精悍な顔立ちをしている。水泳選手らしく、上半身の筋肉が発達していて、まるで彫刻のようだった。
親しそうに肩を並べて会話をしている姿を、龍彦は少し離れて眺めた。
「水泳部の水野さんと知り合いなの」
次に会ったとき、いきなりぶつけたその問いに、夕介はあっさり答えを返した。
「ああ、朝同じバスなんだ」
「毎朝?」
「うん。部活引退したから、朝のランニングとか、なくなったんだって。それで最近僕と同じバスになった。次のバス停から乗ってくるんだ」
毎朝同じバスで登校していたのだった。よく訊いてみると、入学してすぐバスの中で声を掛けられた、と言う。
きっと夕介は一際目立つ新入生だっただろう。
「この前一緒に帰ってたね」
「風邪っぽかったから、部活休んだんだ。校門のとこで偶然会ったから、それで……」
夕介は目線を合わさず、ちょっと言い訳するように口ごもった。
龍彦は、夕介を盗られた気になった。
胸に黒い雲のようなものが拡がるのを感じた。それは龍彦がはじめて知った嫉妬、だった。
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