1976年春

2/3
前へ
/12ページ
次へ
8組の龍彦は、普通だと1組の夕介と顔を合わせる機会がない。 夕介の姿を見るためにだけ、休み時間に1組の前まで行き、窓から姿を窺ったりした。 そのうち目が合うと、夕介の方からも、はにかんだ視線を返してくれるようになり、それだけで——龍彦の胸はときめいた。 間もなく、音楽の授業に行く夕介が、級友に囲まれて、龍彦のクラスの前を通ることに気付いた。 校舎は、池をぐるりと囲むように建っている。音楽室や美術室は、池が見える半地下にあり、そこに続くゆるやかな階段が、ちょうど龍彦の教室の前にあった。 音楽の授業の時、生徒達は必ずそこを通るのだった。 水曜の4時間目──それを覚えて、龍彦は廊下に立って夕介を待ち伏せした。 実は彼は多くの女生徒にも見られていた。当然のことながら、美少年の夕介は、女子達の注目の的だったのだ。 「野々宮くんよ」 囁き合う声が聞こえてくる。 しかし彼女たちも、騒ぎ立てている者はおらず、ただ黙って見とれている風だった。 不思議と夕介には、周りを静まり返らせる、独特の雰囲気が備わっていた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加