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何度目かの木曜日の事だった。
音楽の授業のあと、夕介は皆に遅れて、最後にひとりで階段を上がってきて、そこに立っていた龍彦と、正面から顔を合わせたのだった。
夕介は龍彦を見ると、口元に小さい笑みを浮かべた。
その微笑みに誘われるように、口を切ったのは龍彦だった。
「音楽の授業、終わった?」
頷いた夕介の黒い瞳が、目の前にあった。長い睫毛に見とれていると、話しかけられた。
「君、何組?」
「8組、ここだよ」
龍彦は入口を目で指した。
「ああ、だからいつもここにいるんだ。名前、何て言うの?」
「日野、日野龍彦」
「僕は──」
「知ってる、野々宮くんだろう。野々宮夕介って、ホラ、そこに書いてある」
龍彦はすでに名前を知っていたが、夕介が胸に抱えていた教科書を、わざと指差した。名前がフルネームで書かれていた。
「日野くん、部活、もうどこか入った?」
「まだ入ってない。君は?」
「剣道部」
「へぇ──練習厳しくない?」
「まあね、でも大丈夫だよ。」
夕介は、龍彦の顔を見上げて、ちょっといたずらっぽく笑った。龍彦の方が数センチばかり背が高かった。
そして、じゃあねと手を振って、その場を離れた。
夕介の方から名前を尋ねた──
何の部活をやっているかまで、知りたがった──彼の見せた意外な親密さに、龍彦は内心胸を躍らせていた。
その日から、ある確信を持って、龍彦は、夕介を追うようになるのだった……
自分は中学生の頃から、同世代の男の子にばかり惹かれる事を自覚していた。回りの友達が女の子の話をしても、興味が持てない。
夕介に出逢ったとき、引き寄せられたのは、その美しさのせいだけではない。多分、同類だと直感したからだった。それを確信したのは、この時だった。
だから余計、もっと親しくなりたい、と思った。
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