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1976年初夏
音楽の授業のあとは、龍彦と夕介は立ち話をするのが習慣になっていた。
ある放課後、龍彦は帰ろうとして、半地下へ続く階段の前で、ばったり夕介と会った。
「ね、ちょっと来ない」
そう言って音楽室の方へ手招きされた。龍彦の胸は、また高鳴った。
階段を下りて音楽室の前まで行くと、夕介は、そこには入らず、すぐ隣の小さい部屋の前まで龍彦を誘った。言われなければ、そこに部屋があるとは気付かない。
「ここ、入れるんだ」
声を低めてそう言い、夕介は扉をそっと押した。彼は鍵が掛かっていないのを知っていた。
中は音楽室の半分位の広さで、楽器置き場にでもされていたのか、がらんとした棚と、二、三の机や椅子があった。
大きな窓から、池が見渡せた。
夕介は窓の側まで行き、水辺を覗き込むようにした。
「景色がいいだろう。これを見せたかったんだ」
「僕に?」
「そう。ほら、池がよく見える。音楽室の方からだと、ピアノが邪魔で、見えないんだよ」
池は深い蒼いろの水を湛えて、水面は静かだった。
池を取り囲む茂みは、すでに初夏の兆しを見せて、濃い緑色をしている。
「いいね……この景色が好きなの?」
「うん。何だか見てると、落ち着くんだ。一緒に見たかった。」
並んで窓の外の風景を眺めながら、龍彦は、ふたりきりの空間に、密やかなときめきを感じていた。
景色よりも、窓辺に立つ夕介の、横顔の端正さに龍彦は目を奪われた。
「使ってないの、この部屋」
放置されたような教室の様子を、龍彦は訝しんだ。
「音楽準備室って言って、前は軽音楽部の部室だったみたいだよ。でも誰か部員が池で溺れて、死んじゃったから、廃部になったんだって」
人から聞いたらしい話を、夕介がきかせてくれる。おそらく教師達は伏せている、何年も前の事件なのだろう。
「そんなこと、あったのか」
窓の向こう側には、池をはさんでプールが見えた。プールサイドに水泳部の部室らしい建物が、こちらを向いていた。
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