Ghost’s lip

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僕は乾いた喉にカクテルを流し込む。それは僕の胃ではない何か別の臓器に熱を運んだ気がした。 「何を?って聞いてみても良いかしら」 「僕には十九歳までの記憶がないんだ」  彼女は表情を変えることなくこちらを見つめている。 「その記憶は幽霊になってどこかを彷徨っていて、僕はそれをずっと探しているんだよ」 「要するに」  彼女が口を挟む。 「あなたも幽霊になってしまったのね」  僕は頷き、彼女はそんな僕を慈しむように微笑む。その表情は悲しげで、僕は居た堪れなくなって脚を組み替えた。 「あなた、今いくつなの?」 「二十三。 君は?」 「恥知らずなのね。 女性に、それも幽霊に歳を聞くなんて」  彼女はまた僕を馬鹿にするような表情を浮かべ、言葉を続けた。 「二十三歳よ。 こう見えて生まれたばかりの幽霊なの、だから同じ歳ね」  彼女は黙って置き時計のねじを回し、時間を戻す。錆びた音を奏でながら針が回る。長針と短針がちょうど真上を指し重なり、彼女はようやく手を止めて話し始める。 「恋人がいたの」  そう彼女は告げる。彼女の横顔がその場の全てから時間の概念を奪ってしまう。 「すごく、好きだった」  止まった時間は既に僕を侵食していた。僕は言葉を発することが出来ない。 「けど私は彼から離れた」 「……何も、言わずに?」  辛うじて口から出たのは言葉を模しただけの空っぽな音。僕そのものだった。 「苦手なの。 別れを告げるのって」  彼女が時計のねじを回し、長針と短針はまた離れ離れになる。 「でもそれが良くなかったのね。 彼が忘れられなくて、私は、それから……」  言葉の続きを想像するのは容易だった。 「要するに、幽霊になったんだ」  彼女は頷く。そして僕の方へと向き直る。 「だけどね、もう平気よ」  何か強い決意をしたような光を、僕は彼女は瞳の内に見出した。 「何でまた突然……」  ふふ、と彼女が笑う。 「『ん』」 「『ん』?」 「しりとりよ」  彼女はまた僕を馬鹿にしたように笑う。 「私が追いかけていたのは、うん、あなたよ」  ああ、なんだ。僕は理解して、笑ってしまった。僕も彼女も、同じものを追いかけていたのか。 「だって、私のこと忘れちゃうんだもの。 これくらいのイタズラは許してよね」  僕の臓器が今になってアルコールを運んでくる。それはまるで、幽霊になった僕が帰ってくるようだった。 「じゃあ、行くね」  ベージュのワンピースが良く似合う彼女は、僕の恋人だ。彼女の脚は、もう消えてなくなってしまった。 「ハッピーハロウィン」  僕がそう言うと、ハッピーハロウィン、と返し彼女は寂しそうに笑った。そして僕の頭を撫で、彼女はキスをする。次の瞬きで、彼女は跡形もなく消えていた。 「はじめて幽霊とキスしたよ」  僕はそう呟いて、少しだけ、泣いてしまった。
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