最終話 ふたつの奇跡

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最終話 ふたつの奇跡

 最初に感じたのは、(あばら)周りの鈍い痛みと、全身のひどい疲労だった。 「ゔぅ……っ」  喉の奥が、灼け付くように乾いている。呻き声すら出ないほどだった。瞼を持ち上げるのは、完全に寝入った銀斗を子猫の力で持ち上げようとするくらい、力を要した。目の前にいたのは、獣人姿の銀斗(ぎんと)だった。 「ああ……、クロ……っ!!」  血と泥に塗れた顔を歪ませ、藍色の瞳を濡らしながら、銀斗がクロに頬ずりする。 「……なんで僕、生きてるの? てか、魔法、ちゃんと効いたんだよね? 銀斗。お前、ホントにちゃんと生きてるよね?」  自分の魔法が効いたのなら、銀斗は救えても自分は死んでいるはずだ。激しい戦闘で疲労して、脳の働きも弱っている気がする。全然頭が働かない。 「ああ。俺は生きてるよ。クロのお蔭でね」  彼はクロの手のひらを取り、自分の胸に押し当てた。力強く、心臓が脈を打っている。 「じゃあ、僕は?」  小首を傾げて眉をひそめたクロに、銀斗はむっちゅうううううと、強く口づけた。 「んー、んー!!」  ただでさえ鼻も喉も乾燥して呼吸が苦しいのに、口をふさがれては息ができない。クロは銀斗の腕を軽く何度か叩いた。ようやく口を離した銀斗はなぜか得意げだ。 「生きてるだろ?」 「なんで? どういうこと?」  混乱するクロの顔をペロペロと愛おしげに舐めながら、銀斗は種明かしした。 「狼獣人にも、俺たちの種族にしか使えない魔法があるって言っただろ? それを使った。俺たち狼獣人は、一度番を決めたら、生涯相手を変えない。それくらい番が大切だから、自分の寿命の半分を番に分け与える魔法がある。それを使った」 「……え? 僕、銀斗の番なの?」  驚いて、ぎょっと銀斗を見つめると、彼はバツ悪そうに少し頬を赤らめた。 「……勝手にしちゃってごめん。でも、クロも、自分の生命と引き換えにするくらい俺を愛してくれてるんだから、良いかな? と思って」  彼の指先は、愛おしげにふわりとクロの(うなじ)を撫でた。恐る恐るそこにクロが指を伸ばすと、穴が二つあいている。狼獣人が番に付ける、愛情を込めた誓いの噛み跡だ。本当に番になってしまったことを実感し、嬉しいやら気恥ずかしいやらで、クロの頬は真っ赤っかだ。そんな初々しい新妻を、銀斗は少し照れくさそうに、でも少し誇らしそうに見つめている。  地面に倒れ込んだままだったクロを、銀斗が抱き起してくれた。肋が折れているらしいクロは、盛大に顔をしかめた。銀斗は既に自分の着物を適当に切り裂き、虎に爪で切り裂かれた肩の傷の手当てを終えているようだ。 「色々順番が狂ったけど、改めてお願いだ。……クロ。俺の番になってくれ」  クロは、もじもじと目を泳がせる。 「……何だよ。生命くれるぐらい、俺のこと愛してるって言ってくれたじゃんかよ。あれ、嘘だったの?」  銀斗は口を尖らせ不満げな口調だが、クロに向ける眼差しは愛情に満ちて優しい。 「だ、だって……。銀斗はアルファだから、子ども作らなきゃいけないでしょ? 雄猫の僕じゃ無理だよ? それに、銀斗の寿命を半分も貰っちゃったなんて、申し訳ないよ」 「俺は、アルファの地位なんか要らない。クロさえいてくれればそれで良い。()(ろう)を中心に群れは続いて行くさ。……それに、俺たち、これまでも、楽しいことは何でも分かち合ってきた。分けられるものは半分こしてきただろ?  もしクロがいなかったら、俺は一生クロを想って一人で過ごすだけなんだ。たとえ自分の生命が半分こになったとしても。その半分の時間で、俺は精一杯お前を愛していくよ」  ぼおっと赤い頬のまま、口を半開きに銀斗を見上げるクロ。その可愛らしさに、彼を自分だけのものにした実感を噛み締めながら、銀斗は囁いた。 「……問題はそれだけ? じゃ、俺の求愛(プロポーズ)を受けてくれる?」 「……ん」  蚊の鳴くような小声で、涙ぐみながら頷いたクロの顎先を捉え、再び銀斗は愛しい番に柔く口づけた。  傷ついた身体を癒すため暫しその地に留まった二人だが、幸い、怪我はきれいに治った。そして、本来の目的であった、銀斗の独り立ちの旅を再開する。 「これからは二人で旅をしようぜ」 「え、独り立ちの旅なのに、僕が付いて行って良いものなの?」  小首を傾げるクロに、銀斗はすました表情で啄むような接吻を落とす。 「独り立ちの旅の最中に、番を見つけることも、よくあるんだ。そのまま新しい群れを作っちゃうこともあるし。……さあ、クロ。どこに行きたい? 籠屋山を離れて、もっと温かいところに行っても良いぜ」 「僕、寒いところだって平気だよ! 銀斗の冬毛があれば、いつだってホッカホカで眠れるからね!」  二人はにっこりと笑みを交わし、手に手を取り合って、新しい人生の旅を歩み始めた。         (おしまい)
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