黄昏ヲ仰グ滞龍

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 太平洋戦争が終結して五年の月日が経った頃、復興は進んでいるものの、世間ではまだまだ貧しい暮らしを強いられていた。そんなある秋の日、既に刈り取られた田園風景の広がる田舎道を、傾きかけた陽の光を浴びながら二人の男が歩いていた。 「あまり期待せんでくださいよ、八木(やぎ)さん。彼は既に廃業寸前でね」 「それでも有難いです。私らの村ではもう神主も駐在も皆お手上げで、途方に暮れていましたから。望月(もちづき)さんのおかげで、一筋の光明が差したようですよ」  望月と呼ばれる初老の男は、八木のすっかり安堵した表情にごま塩頭をポリポリと掻いて苦笑する。望月はこの辺り一帯の世話役で、住民のことに詳しい面倒見のよい男だった。一方で八木も立場としては似たようなものだが、歳は四十過ぎとまだ若く、隣村の一帯を世話している。  二人はあぜ道を通り、庭付きの小さな平屋を目指す。そこは村外れと言っても過言ではない、村で最も山際の、とても寂しい場所だった。  柵と言えるほどのしっかりとしたものではないが、ところどころ朽ちた膝丈ほどの板で囲まれた庭に、申し訳程度の植え込みと庭木がある。どの植物も日照不足か枯れ気味で、何の剪定もされずに雑草も生え放題だ。その隙間ばかりの囲いから中を覗くと、歳の頃は望月とそれほど変わらない、肩まで伸びた白髪の男が、寝間着姿のままで縁側に腰をかけていた。  今にも崩れてしまいそうな木製の門扉に手をかけ、中の男に声をかけようとした望月が思わずその場で立ち尽くす。怪訝に思った八木が「望月さん?」と問いかけようとしたその時、望月は口元に人差し指を立てて「しっ!」と合図した。  見ると、白髪の男の目の前の雑草が、そこだけ風が吹いているかのようにサワサワと揺れている。この日は小春日和で、地域一帯風らしい風もあまり吹いていないような穏やかな日だ。彼はおもむろに縁側から立ち上がり、雑草の揺れる場所へ静かに立つと、つむじ風が起こったようにそこだけクルクルと風が強くなり、彼の着物がヒラヒラと舞う。 「おいおい、くすぐってぇよ。そう喜ぶなって。勘弁してくれ」  そう言って空を見上げ、男は緩やかにほほ笑む。 「望月さん、あれは一体……」  声のトーンを押さえ、囁くように訊ねると、「あれは『式神』とかいう、彼の使い魔だそうだ」という返答があった。 「それで彼には、“風使い”とかいう異名があるんですか?」 「それは本人の前で言わない方がいい。悪意を持った人間が彼を揶揄(やゆ)して使う異名だからね」
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