黄昏ヲ仰グ滞龍

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 白髪の男は名を日直十三(ひじきじゅうぞう)という。彼には物心つく以前から不思議な力があり、その力によって救われる者もいれば、その薄気味の悪さに「風使いの十三」と噂する者もいた。彼の居る場所ではどこであろうと、突然風が吹くからだ。  十三をよく知らない者にとっては、ただ風を操る奇術師のように映るのだろう。彼がこんな村外れに住んでいるのも、住民との関係性を(おもんばか)ってのことだった。 「十三さん、ちょいと失礼するよ」  望月は改めて声をかけると、十三の座っていた縁側まで八木を案内するのだった。 * 「調子の方はどうだい?」  十三の淹れた粗末な茶を飲みながら、望月は訊ねる。二人は十三の平屋の縁側に並んで座った。八木もそのお茶を一口すすり、湯のみを縁側に置く。 「今日は久々に調子のいい方だ。あんたが来るとわかっていたら、こんな格好で失礼しねぇがね」 「いやいや、勝手に押し掛けたのはこっちの方だ。気にしないでくれ」  望月もまた十三の能力に救われた一人だと、八木は聞き及んでいた。その代わりというわけではないが、現在十三がこの平屋に住んでいるのも、彼が世話をしたからだと。  十三はもともと各地を旅しながら、自分の能力で人々を救っていた。しかしここ近年は戦争による物資不足もあり、その日暮らしもままならなくなっていた。そこに手を差し伸べたのが望月だ。だから十三は、望月に頭が上がらない。 「今日来たのは他でもない。八木さんの話を聞いてやって欲しいんだ」 「話? それは仕事の依頼ってぇことかい?」  十三は眉をひそめる。縁側の奥には目の粗い畳の六畳間が続いていたが、そこには薄くて寒そうな布団が、長らく敷かれたままになっている。 「すまんな、十三さん。出来ればわしも、今のあんたに聞かせる話じゃないとわかってはいるんだが、あんた以外に適任が思いつかなくてね。とりあえず、話だけでも聞いてやっちゃくれねぇか」 「あんたの頼みなら断れねぇよ。こんな身体でまだ生きながらえてるのは、望月さんのおかげだからな」  そう言って十三は力なく口角を上げる。八木は二人のやり取りに恐縮しながらも、「実は……」と口を開いた。  それは、現在隣村で起こっている怪異についての話だった。村人の何人かが突然発狂したように様子がおかしくなり、数日後に姿を消すという現象が続いているのだという。原因はまだわかっていないが、隣村には幽霊屋敷として有名な空き家の洋館があり、そこの住人には今まで何人か神隠しに遭い行方不明の者がいる。  様子のおかしくなった村人について、村の神社の神主がお祓いをしたが効果は無く、祓い屋も営む久縁寺(きゅうえんじ)の僧侶に視てもらっても、「これは霊障ではない」と断られるのみだったとか。幽霊屋敷の洋館を村の駐在に確認してもらう話にもなったが、「恐ろしくて無理だ」と震えながら断られたという。
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