草原の音

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マウスをカチカチとクリックする音が部屋に響く。 「はあ……」  画面を見た青は溜息をこぼした。  今日の再生回数は2。今までアップしたすべての動画の合計だ。 「しかも最後まで聴いてないじゃんよ……」  パソコンから目を離し、背中からベッドにぼすっと倒れこんだ。  (あお)は、自作の曲をアコースティックギターで弾き語り、それを動画サイトにアップしていた。  動画を投稿しだしてまだ半年。結果を求めるのは早すぎると思いながらも、落胆する気持ちは抑えられない。  青がギターに触れたのは、中学生の時だった。  ラジオから流れてきた綺麗な曲を弾きたくて、一生懸命勉強した。初めてFのコードが鳴らせた日は嬉しくて日記にも書いた。  高校生になり、少しずつ自分でも曲を作るようになった。  見よう見まねで作った曲は、気づくと10を超えていた。 (別に人気者になりたいとか有名になりたいとか思ってたわけじゃないけど)  いい曲ができた。だから他の人にも聴いてほしい。曲をアップし始めた最初の理由は、そんな純粋なものだった。 (まさかここまで見向きもされないなんて……)  一度だけ、コメントをもらったことがある。  そこには「声は悪くないからカバーとかしてみたら?」と書いてあった。  色々な感情が心の中を渦巻いたが、まずは聴いてくれたことに対する感謝を伝えるべきだと思った。なので「聴いて下さった上にコメントまでありがとうございます!今は、自作の曲をアップしていきたいと思っています。機会があればカバーにも挑戦してみたいです!」という意気込んだ返信をしたのだが、相手からの反応はなかった。  自分の曲が流行を押さえたものではないことはわかっている。それでも、誰かに聴いてもらうために自分のスタイルを変えようとは思わなかった。  思わないのだけど……。 「ああ~うぜえ、俺……」  今は純粋な気持ちが折れそうになっている。  こんなつもりでアップし始めたんじゃなかったのに。  がやがやとあちらこちらから話し声が響く教室の中、青はルーズリーフに向かい合っていた。 (風の中で……いや、ありきたりすぎるな。風、風……)  口の中でぶつぶつと呟きながら、手に持ったシャーペンをくるくると回す。新しい曲の歌詞を考えているのだが、なかなか言葉が出てこない。 (うーやめだ)  風の中で、と書いた部分にびーっと線を引き、体を椅子にもたれかけた。言葉が出てこないのは、どんな曲にしたいのか明確になっていない証拠だ。上辺だけの綺麗な言葉を繋げたって意味がない。そう思っているのに、昨日の再生回数を思い出すと、どうしても素直な気持ちで書けなかった。  ぼんやりとそんなことを考えていた時、窓の方から強い風が吹いてきた。 「わっ」  風は机の上をあおり、ルーズリーフを飛ばしていく。  伸ばした手は空を切り、ルーズリーフは隣の席の机に着地した。  机の持ち主が、じっとそこに書かれた文字を見つめていた。 「ちょ……」 「早く返せ」と言おうとしたが、別に彼が無理やり奪ったわけではない。青は黙ってルーズリーフを掴んで折りたたむと、自分の鞄に突っ込んだ。 休み時間はもう少し残っている。青は、気分転換に廊下に出た。 窓から外を眺めていると、じわじわと先ほどのことが思い出されて恥ずかしくなってくる。 (あいつ、なんだと思ったかな)  隣の席の住人、霧橋涼(きりはしりょう)。席替えして1ヶ月ほど経つが、ほとんど話したことがなかった。  王子様のように整った顔立ちに気後れしているのもあるが、涼は物静かなタイプで、他のクラスメイトとも馬鹿騒ぎするような姿を見たことがなかった。  友達がいないというわけでもないようだが、無感動というか、いつもつまらなそうに見える。  青は青で、マイペースな人間だったから、気を遣って話しかけるということもなかった。  あの温度のない瞳がじっと自分の書いた詩を見ていた姿を思い出す。 (あー――忘れよ)  彼が何を思ったにしても、恥ずかしいことに変わりはない。なら考えないのが一番だ。  授業開始のチャイムが鳴る。青は、何もなかったような顔をして教室に戻った。  それから1カ月。無事に曲を完成させ、アップした次の日のことだった。  パソコンの前で、口を開けて固まってしまった。一瞬息の仕方を忘れたようだった。 「高評価……!」  初めて、高評価ボタンが押されていた。  青のチャンネルの登録者は6人。その中に、面白半分で嫌がらせをしているやつがいるらしく、曲をアップすると必ず低評価ボタンを押される。不愉快ではあったが、あまり気にしないようにしていた。 しかし、今回は低評価ではなく高評価。曲を最初から最後まで聞いた形跡もある。 (うわ……)  じわじわと喜びが体中に広がっていく。自分の作った曲を誰かに良いと思ってもらえることが、こんなに嬉しいことだったなんて。  コメントがないので、どんな人が聴いて、どんな感想を抱いたのかはわからない。軽い気持ちで低評価ボタンを押す人間がいるように、高評価にも深い意味はないのかもしれない。  そして何より、他人の評価に惑わされてはいけない。低評価を100押された曲も、高評価を100押された曲も、自分にとっては全て大切な曲たちなのだから。  そう頭でわかっているのに、心が飛び跳ねるのを止められなかった。柄にもなく窓から月を眺め、今ならあの空まで飛べそうだ、などと誰かに知られたら恥ずかしくて数年穴にこもりたくなるようなことまで考えた。 (どんな人なんだろう)  俺の曲をいいと思ってくれたあなたは、どんな人なんだろう。
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