1.レイとアレックス

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1.レイとアレックス

――2280年、宇宙ステーションTF35にて―― レイはその日は当直日であった。23世紀になっても一般の人々が居住できる宇宙ステーションは存在していなかった。宇宙ステーションは特別な訓練を受けた者のみが乗り込める宇宙開発の性格の強いものであり、特別なミッションを行う作業の場であった。  レイ・ジングウジは日本国籍で北米に本部のある国際機関宇宙開発機構の嘱託エンジニア職員として地球の静止軌道上にある宇宙開発機構35ステーション、略称TF35でステーションの保守要員として乗り組んでいる。  この時代の宇宙ステーションはあえて脆弱性を残して作られている。宇宙区間でステーションに故障が生じた時に、あまりに緻密に自動化されていると、人手による復旧が出来なくなる可能性があるという過去の経験より、ステーションの様々な機能のコントロール・システムは常駐する複数のエンジニアによってメンテナンスが行われている。レイは他の四人のメンテナンス・クルーとシフトを組んでTF35の保守を行っているのだ。  レイはこの日当直を楽しみにしていた。メンテナンス業務は特別に装置やシステムに異常が無ければ、決められた箇所を点検するだけだ、丁寧に仕事を進めても8時間の当直の間の4時間程度しかかからず、空いた時間が出来る。レイはこの時間に、ステーション内で唯一おしゃべりが出来る宇宙信号解析担当のアレックス・アレクセイとおしゃべりをするのが好きだ。  もちろんレイは他のメンテナンス・クルーとは頻繁に話をする。しかし彼らは固いエンジニア気質を持っており、仕事以外のことを話そうとはしない。 リーダーのロドリゲス、女性クルーのアミカ、男性クルーのジョーは24才のレイとは年齢も10才以上離れており、技術的なこと以外にはレイと彼らの間には共通な話題もないのだ。  一旦ステーションに入ると6カ月は缶詰状態だ。この息詰まる環境の中でレイは出来れば20代前半の若者がするような軽いバカ話を誰かとしたいのだ。そのような意味ではアレックスはもってこいの話し相手だ。  実はアレックスはレイがまだTF35に来る前からの知り合いだ。ゲームのSNSで知り合い、まだ就職先を決めていなかったレイに熱心にTF35に来るように誘ったのが彼だった。もっともレイはアレックスのことを良く知っている訳ではない。知っているのは、アレックスのTF35でのミッションは超深宇宙から届く、放射線を観察し有意の信号が含まれていないか分析するということ、彼はもともと理系の科学者や技術者でなく言語学という人文系の専門家であるということぐらいなのだ。  アレックスの見た目は色白でひげづらで中肉中背、彫りが深いが穏やかな顔をしている。背格好はレイと同じぐらいだが、黒髪で東洋人然とした顔つきのレイとは出身地や成長環境の違いを感じさせる。しかし二人とも話し好きと言う点が共通している。  二人はTF35の職員としての堅い話はあまりせず、このステーションで供される以外の食事の話や、異性についての好みや、何百年も前のルールで繰り広げられるクラシックフットボールの贔屓チームの話だ。  レイはステーション第4層のコントロールルームでステーション運行系の点検業務の後、二十分ばかりアレックスと共通言語であるエングリスを使って話をすることにしている。レイはまだエングリスを十分話せる訳ではないから、その練習にもなる。  レイは船内時間の21時、カプセル型の自室から這い出し、4層目に行く前に2層目の食堂に向かった。食堂と言っても宇宙食の袋状のパッケージが、食堂スペースの中央にある棚から自動供給されるだけのものなのだが、ともかくも多くの乗組員にとって日課の中でこの食堂での有機エネルギー補充が一番充実した時間なのだ。  しかし今日は食堂にアレックスがいた。いつもなら今頃コントロールルームのはずなのだが。アレックスはレイの方を見ると「ちょっと相談がある」と言った。おっ、今日はいつもと違うなとレイは思った。いつもの温和な表情と違うアレックスを見て言った。「ラジャー」それはいつもと違う業務で使う返事であった。  それから、レイは手首に巻いたリストコントローラーをちらっと見て、当直開始時間までにまだ時間があることを確認した。  アレックスは無言で付いて来てくれという仕草をした
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