第6話

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第6話

十和田のベッドルームに入る。掃除する時以外は入らないので、キョロキョロと見渡してしまう。意外と整理整頓されているんだなと、改めて冷静に辺りを見渡す。 「千輝こっち!ここ!」 大きなベッドに横になった十和田は、ここだよとポンポンと叩いて知らせている。 しかもかなり嬉しそうにしているので、まだ酔っているなとわかる。 「先生、こっちって…何?」 おずおずとベッドに上がりポンポンと叩いていた所まで這っていく。 「これ使ってみよっかなって思ってさ。 どうやるの?どうしたらいい?」 十和田はさっきのバイブを手にしている。 相変わらずONとOFFのスイッチを繰り返している。 「いやいや、先生…なんでやるって前提で話してるんですか。嫌ですよ恥ずかしい」 「えっ?マジで?恥ずかしいか…ま、そうかもな。でもな千輝、俺たちずっと一緒に暮らしてきたよな?そんなに恥ずかしくないんじゃないか?」 「恥ずかしいですよ!もう!それに先生、僕は男なんですよ。男が隣でそんなことやってて嫌じゃないですか?」 うーんと、ベッドに座り考え込んでいる。十和田がやりたい理由が全くわからない。 「嫌じゃない」 「はあ?」 「よく考えた。けど、俺は千輝だと嫌ではない。男はよく知らないが、千輝は大丈夫だ。しかも使っている姿を見たいと思っている。何故なんだろう?なんでだと思う?」 「知りませんよ」と千輝は言い、ベッドから降りようとすると後ろから捕まえて抱きしめられた。 「わかった。じゃあ、やりたくなるまで毎日こうしていよう。こうやって話していれば、いつかやってもいいって、なるかもしれないだろ?」 「はあ?先生のこと本当にわかりません」 少し強めに言うと、「俺も自分の行動がよくわかんないよ」と笑いながら言っていた。 それでもベッドに横になり抱きしめられる。 「先生、左腕大丈夫?痛くない?」 「先生って呼ぶなよ…何だか悪いことしてる気がするから」 「もう悪いことしてますよ。既に」 十和田は、あははと大声を出して笑っている。ベッドの上で何をやっているんだろうと千輝も可笑しくなり一緒に声を上げて笑った。結局、二人とも酔っているんだと自分に言い聞かす。 「そうか、悪いことしてるか。ごめんな千輝。でもな、ここでは先生って呼ぶなよ?つうか、もう先生って呼ばないでくれよ。わかったか?」 「じゃあ、大誠さん?」 「ん?そうだな。名前を呼ぶのは大切なことだ」 後ろから抱きしめられて頭を撫でられた。 態度や言葉とは違い、十和田の手は優しい。千輝はこくんと頷いた。 「あの…大誠さん、小説のネタになるからってそんなの使って人に見せるのは僕、嫌ですよ」 バイブを使うことは嫌だと釘を刺しておく。 「ネタになるからではない。俺が見たかったんだ。千輝が使ってると思うとエロいなってさ。俺、エロいこと好きなんだぜ」 「デリカシー無い…」 そう言うと後ろで爆笑している。思いっきり笑っているので、ベッドもボヨンボヨンと動いている。 イタズラなのか本心なのかわからない無神経なことを言われても、抱きしめられていると何だか安心してくる。 「千輝、寝ていいぞ」 「言われなくても寝ます…」 眠くなってきた。十和田の体温が高いから部屋の温度と合わさり丁度いい。いつまでも千輝を後ろから抱きしめ、十和田は声をひそめて笑っていた。 十和田が笑っている振動が伝わってくる。不思議と嫌な気持ちにならず、寝るのに邪魔な振動ではない。人と抱き合うって気持ちいいと初めて知った。 ◇ ◇ 毎日同じことを繰り返すことを、日常と呼ぶと誰かが言っていた。その日常が新しい形に作り始めた。 十和田が抜糸をして家に帰り、酒だ酒だとはしゃいで飲みすぎた日以来、毎晩千輝は十和田のベッドで一緒に寝ている。 先生とは呼ぶなと言うので、もうずっと「大誠さん」と呼んでいる。名前を呼ぶことは、大切なことなんだぞと、教えられたのがやたらと心に刺さってしまっている。 初めて一緒に寝た日は酔っていたからなぁと、思っていたが次の日もそのまた次の日も同じように一緒にベッドに入ることになった。 最初の数日は後ろから抱きしめられながら話をしていたが、お互いの顔が見えないことが案外ストレスになり、今では顔を向き合い抱きしめ合いながら話をする。 だから千輝からも十和田の身体を抱きしめ始めている。 「じゃあ、あの辺に店を出すんだな?」 「そうなんです。メインの道からちょっと脇に入ったところなので」 今日ベッドの中での話は千輝がオープンするカフェのことだった。予定ではもう既にオープンしていたはずが、お金を取られてしまう事件がありオープン延期としていた。だが、無事に戻ってきたので今はフル回転で準備中だった。 場所はここから近い駅前であり、その近くには多くのおしゃれなレストランやカフェなどが続いている。週末には観光客でごった返す所で、この前の花火大会などイベントがある時は電車に乗れないほど人が溢れている時もある。 「店は、千輝ひとりでやるのか?」 「働いてくれる人は僕以外に二人いるんです。以前、カフェで一緒に働いてた人なんですけどね」 ふーんと話を聞きながら十和田は千輝の背中をトントンと叩いている。最近、寝る時はいつもこんな感じだ。 「それより、大誠さん小説どうだった?終わったの?大丈夫?」 執筆で別の部屋に籠っていた。朝早くから夜まで籠るので心配になった時もある。それもちょっと前までだったので、終わっていたとは思うけど。 「終わった。無事出版されるってよ。千輝、犯人誰だと思う?」 「やだやだ言わないで!本で読みたい」 「なんだよ、いいじゃねぇか犯人くらい。それよりトリックの方を読んでくれよ」 犯人はハウスキーパーか娘かで、二人で笑いながら話をする。いつも十和田が千輝に「犯人誰がいい?」と聞いてきていた話だった。あの話が本当に本に書かれているのだろうか。 こんな感じにふざけているのが楽しい。そして相変わらず十和田に惹かれていくのを千輝は感じている。 話が盛り上がると、二人の手はお互いの身体を強く抱きしめ合いながら笑い合う。さっきまでの背中をトントンする動作は無くなり、身体を密着させるくらい抱きしめ合う。必然的に千輝の頬は十和田の胸に押し付けられ、十和田の背中に回した千輝の手も、ぎゅっと力が入る。 何となく、お互いの意見が一致したり、お互いの気持ちが伝わったりすると、抱きしめ合い、十和田は千輝のおでこに口を付けながら話を始めることが多かった。 あまりに長く話をした翌日は、千輝のおでこが赤くなりそれを見た十和田は爆笑していた。 「大誠さん、病院って次はいつ?」 「あー、明後日かな確か。もうそろそろ終わりだろ。この絆創膏も煩わしい」 「そっか、良かった治って。本当にごめんなさい。迷惑いっぱいかけました」 「俺は意外といい経験出来たと思ってるぞ。だから気にするな」 「うん。本当にありがとうございました。明後日の病院次第だけど、もう完治したってわかったら教えてください。そしたら自宅に帰りますね」 えっ!と十和田は千輝を離してベッドの上に飛び起きている。 「千輝、あのアパートまだあったのか?あそこに帰る…って?」 「あっ、そうですよ。元々僕が契約してたアパートだし。鍵は変えてもらってます。だからそのまま帰りますけど…荷物が何もないからまた買わないと」 えへへと千輝は笑って十和田を見るが、びっくりした顔をしている。 ゆっくりとベッドに横になり、恐る恐る十和田は千輝を抱きしめ直した。 なんだろう、どうしたんだろうと千輝は思っていると長いため息を十和田はついている。 「そうか…忘れてた。千輝はずっとここにいるんだと思ってた」 「へへ、そんなわけないですよ」 ああそうか、と言いながらまたため息をついている。ずっとここにいるんだと思ってくれてた事が嬉しかった。ちょっとは役に立てたかなと思う。 離れる事は、千輝の方が寂しく感じていることだと思っている。十和田に惹かれているのを何とか封印しようとしている。
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