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匂わせ、解禁
私は匂わせマウント女が大嫌いだ。
匂わすな。自慢したいなら堂々と自慢しろ。それが出来ないなら最初からするな。何なんだお前らは。匂わせないと死ぬ病か。
「うえ~、お前またそれみてんの?」
右手にスマートフォン、左手にサキイカ。ぐっちゃぐっちゃとお行儀悪く口と歯を動かせば、年に一度帰って来るかこないかの兄は、その大層お綺麗な顔を歪めてデッカイ溜め息を吐いた。
「嫌いって言ってるわりにはいっつも見てるよな」
「そりゃあね!パトロールだからね!!」
「ああ、そう。ご苦労さま」
雑に頭を撫でていく兄のことは嫌いじゃない。でも、匂わせマウント女はやっぱり大嫌いだ。だから今日もSNSを飛び回る。
ああ、推しと同じポーズですか。ふぅん。
その〝限定〟チョコレート推しが好きだって言ってたもんね。
うわあ、古典的な縦読み告白萎え。もう普通に書けよ。
ハイハイ、出ました同ブランドお揃いコーデ。芸がないわー。
お前さあ、犬なんて飼ってもないし興味もねえだろうが。
〝頂いちゃいました〟アピうっぜえ~!共演者全員もろとるわ!
推しの倍率エグかった舞台ね。どうやって入手したんでしょうね。
ソロキャンにハマってる?誰かさんもハマってませんでしたっけ?
新しいアイコンの背景とネイルは推し色か~!青と緑が絶妙だね!
げえ、あきらか男の指チラ!誰のだよ!いやマジで誰???
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛く゛そ゛う゛せ゛え゛!!
なんっかもう!健康に悪い!目は焼かれるし血は地獄の釜のなかみたいにボコボコ煮え滾ってる!心は言わずもがな!擦り切れ過ぎてなくなりそう!ついでにスマートフォンも故障寸前!耐えて!
「いや、鬼みたいな顔やめな?」
「んぎぃ!誰が鬼じゃい!!」
「かわいい、かわいい、妹君のことですけど」
よっこいしょとオヤジみたいな掛け声でソファーに沈んでいく兄の手にはビールとハイボール。どうやらその内の一つは私にくれるらしい。出来たお兄さまだ。まあサキイカはやらんけど。
――世の中には匂わせマウント女が溢れている。
それを助長させているのが兄のような底抜けに優しくて、底抜けにおバカな人間のせいだってこともわかってる。いるんだよ。天然タラシで悉く女を勘違いさせ、自称彼女や自称嫁を量産していくヤバいタイプの奴。物心がついた頃から嫌っていうほど見てきたし被害に遭ってきた。いま思い返してもうんざりする。
『ねえ!あの女だれよ!彼女は私でしょ?!』
『誕生日プレゼント何が良いかこっそり聞いてみてくれない?』
『キスもまだなんだけど大切にされてるって感じ♡』
『みてみて!スマホケースお揃いにしちゃった』
『最近、既読スルーが多いんだけど試されてるのかなあ?』
お気付きでしょうか。彼女らは友人ですらなかったことを。兄は底抜けに優しい。優しくて残酷だ。頼まれればデート(外出)ぐらいするし、手ぐらい繋ぐ。バカだから。連絡先も簡単に教えるし、不用意にハート連打とかもする。バカだから。
「……お兄ちゃんはインスタとかツイッターせんの?」
「正気か。俺が使いこなせると思ってる?」
「無理だね。これ以上被害者が増えるのもダルいし」
「おい!」
ぐっちゃぐっちゃとまた口と歯を動かす。怒った風な声は出すけど、兄は基本的に本気で怒ったりなんかしない。そういうところでも隙を作りまくってる。怒れよ。突き放せ。そして嫌われろ。
「あ、SNSはやらないけど結婚することになったから」
「えっ!!マジで?!?!」
「やっとOKくれたわ。長かった~!まあまた改めて挨拶に帰るよ」
「やったー!これでガチのお姉ちゃんだ!!」
「お前、ほんとあいつのこと好きな。嬉しいけど」
そりゃあそうでしょうよ。兄の彼女はずっと変わらない。ずっと一途に傍にいた、いてくれた、幼馴染みだ。そう、兄は彼女持ちだった。わけのわからない女たちがシャドーボクシングで兄を獲り合っている間も、二人は素知らぬ顔でラブラブだった。それに、兄の彼女は決して匂わせマウントなんてとらない。そんなかっこいい人。
「えー、最高。ねえ、インスタに上げていい?」
「なんだ。結局お前もやってたのか」
「だって登録しないと見れないじゃん」
「なるほど?」
「ねー!顔も名前も出さないから!お願いっ!!」
「ならいいけど」
「よっし!あ、ココアおいで~」
サキイカをテーブルに放り投げ、愛犬を呼ぶ。あ、こら。イカを食べに行こうとするのは止めなさい。ほんとに。止めて、ステイ。
「ハイ!ココアのお腹撫でて!」
「ええ~?」
「早く!左手!そう!指輪見せつける感じで!」
「う~ん?」
「ていうかお兄ちゃん!指輪ぐらい新しいの買ったげなよ!これ高校の時からつけてない?!ヴァンクリとかHWとか!買えよ!」
「あ、いや。これは……その、あいつがコレで良いって」
「なんで!」
「……俺がはじめてバイトして貯めた金で買った……ものだから」
「んぎぃ!のろけか!ご馳走さまっ!!」
強くなる語気とは反対に、そっとカメラマークを押す。うん、良い感じ。ココアも最高に可愛い。あとは文章だな。私の大嫌いな匂わせマウント女みたいに捏ねくり回したものじゃなくてシンプルがいい。結局のところ、シンプルなのが一番効くんだって知ってるよ。
「えーっと〝お兄ちゃん結婚おめでとう〟」
「ありがとう」
「ちげーよ!それはまた別でちゃんと言うから!揃ってから!」
「ああ、そうなの?」
妹が冷たいわーとかなんとか言いながら愛犬を抱っこする兄もついでにカメラに収めておいた。タイトル、犬と戯れる兄。
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