3501人が本棚に入れています
本棚に追加
五 青い空をみつめて
「何を馬鹿な」
「だって。何度もお茶の話をするじゃありませんか」
真剣な顔の勇作に清磨は思わず目を伏せて必死に心を誤魔化した。
「そんなにしてない!それで、どうであったのだ」
「今からお話しします」
必死な清磨に対し勇作はいつもの無表情で書類を読み始めた。
「潮田菊子は現在社長をしている源次氏の兄夫婦の娘になります。この兄夫婦は上正を継いでいたのですが、顎川の遊覧船事故で亡くなっています」
「顎川?では俺と同じ水難事故か」
「そうなりますね」
……あの娘は親を亡くしていたのか。
自分も被害に遭ったが両親は無事だった清磨は、思わず目を細めた。彼の胸の痛みを気にせず勇作は淡々と話した。
「噂によると。この菊子さんの父親のタバコの不始末のせいで船の火災が起きたという話です」
「初めて聞く話だな」
「私もそう思いました。しかしここ佐原では有名のようです。そのため菊子さんを犯人扱いする人もいるようですね」
……あの娘の父親が火災の原因とは。
あの舟の事故を憎んでいる清磨は髪をかきあげた。事故の原因は定員以上の人間を乗せたせいで故障したと聞いていた彼は、突然の話に混乱していた。
「娘は関係なかろうに。まあ話を続けてくれ」
「はい。そして源次氏が社長になって一度羽振りがよかったんですが、その後だんだんと経営が乏しくなっていますね」
「そうか」
「報告は以上になります。そしてこれから例の条件を申し付けてきますね」
「あ、ああ」
「向こうの出方を見てきます。では」
勇作はそう言って退室した。清麿はまだ胸がドキドキしていた。
……これで良いのだ。被害者だろうが関係ない。俺は、俺は……佐原に復讐するのだ。
清麿は自分に言い聞かせるように仕事に打ち込んでいた。
◇◇◇
上正の加工場。菊子は斎藤と事務仕事をしていた。
「お嬢。今日も借金取りですか」
「人聞き悪いです斉藤さん。私は支払いのお願いに行くだけです。さて、行ってきます」
小野川の沿いの商店街。ここから菊子は人並みを避けて未収金額がある魚屋に出向いていた。
……初日はこの魚屋の大奥さんに水をかけられて、昨日は何とか避けたのよね。
菊子の父親が沈没事故の犯人だと怒鳴っていた魚屋の老婆を思い出した菊子は、三日目の今日も覚悟を決めた。
……それでも。お願いしなきゃ。
どんなに相手は手強くても、菊子は払ってくれるまでお願いをするつもりだった。そんな魚屋は営業をしており、うるさい老婆は不在だった。
「いらっしゃい!あ、またお前か」
「ご主人。おはようございます」
「はあ。お前さんもしぶといね」
中年の主人は呆れた体裁で腰に手を当てた。
「あのさ、うちの借金なんか。上正さんの土蔵にあるお金に比べれば、どうってことないだろう」
「そんなことありません」
「いやいや。俺たち貧乏人からしたら、そうなるだろう」
「違います」
菊子は真っ直ぐ向いた。
「お金の価値は一緒です。それに他の魚屋さんが代金を払っているのにこちらだけ払わないなんて。そんなことを許したら私は代金をいただいている他の魚屋さんに申し開きができません」
「う」
「どうか。どうか支払っていただけませんか」
「はあ……ちょっと裏に来てくれねえか」
彼は店を若い衆に任せて店奥の裏庭に菊子を案内した。そこは清水が出ている小川があり大きなまな板が見えた。ここは魚を捌いている作業場の様子だった。そんな主人はぽつぽつと話し出した。
「うちのお袋には言うなよ。実は俺、ここでいつものように魚を捌いていたら。うっかり出刃包丁を失くしてしまったんだよ」
「え?包丁をですか」
「ああ。探したんだが、見つからなくて」
今は昔の包丁で捌いているが、どうしてもあの包丁がないと作業が進まないと打ち明けた。
「もしかして、うちにお金が払えないのは魚を捌けないから仕事が進まない、ということです?」
「し!大きな声を出すな!」
……そうか。命より大事って人もいるくらいだし。
彼にとっては恥である出来事に菊子はその心を理解した。
「大切な仕事道具ですものね」
「そうなんだよ。ここを何度も探したけど見つからねえんだよ」
「この小川も探したんですよね?ここは……裏庭ですものね」
すでに小川も探したという主人に、菊子は尋ねた。
「ご主人、その包丁を失くした時はどういう状況ですか」
「それが……俺がちょっと指を切ったんで、手当てをしようと部屋に上がって」
「では、その時のようにやってみてください」
「そうだな」
真剣な菊子に主人も思い返していた。彼はまな板の前に立った。
「そこで、ご主人は指を切った。そして?」
「血が出たんで、首にあったこの手ぬぐいで縛り」
「やってみてください。ほら、縛って!」
二人はこうして再現していった。
「ええと。俺は手が汚れていたから。手を使わずにこの首の手ぬぐいを口で運んで」
「まあ、お上手」
彼は器用に口で咥え、手拭いで手をぐるぐると巻いた。それを見ていた菊子は続けた。
「それで?そのままお部屋に上がったのですか」
「ああ。手が汚れているから。どこにも触らずに俺はこうして両手を上げたままで……」
主人はそのまま手を使わずに下駄を脱ぎ、庭の縁側から自室に上がった。そして居間にある小箱に着いた。菊子もついてきた。
「この中に消毒薬が入っているんだ。俺はこれを開けようと」
「開けてみましょうか」
「これを?いいけど、あ?!」
そこには包帯や薬の中に、包丁が入っていた。
「ええ?どうしてここにあるんだよ?」
「……ここに来るまでご主人はどこにも触らずに来ましたよね?でもこの箱だけは手を使わないと開けられないですもの」
「なんてこった。てっきり泥棒にあったと思っていたのに」
驚きというか、自分で呆れてた主人は済まなそう頭をかいた。
「なんていうか。その、あんたには悪い事をしちまって」
「でもよかったですね。包丁が見つかって」
「おい!いつまで休憩をしているんだよ」
そこに彼の母親が顔を出した。
「店をほおって何をしているんだい!あ」
「母さん、ここに、あの、出刃が」
「え?あったのかい、どこに」
驚き顔の老母は、その出刃包丁を受け取った。
「確かに、これだ。ここにあったのか!亡くなった父さんが使っていた包丁だよ、これは」
感激している母に息子がそっと耳打ちした。
「母さん、これは上正さんがみつけてくれたんだよ」
「上正さんが?」
「ああ。お礼を言わないとな」
注目を集めてしまった菊子は、恥ずかそうに庭の隅に立った。
「いいえ?お礼だなんて。それよりも、見つかってよかったですね」
「……あんたは」
意地悪をしていた老婆は菊子の優しい笑顔に、うつむいた。そんな母の代わりに彼は動いた。
「これじゃ足りないかもしれないけれど」
「良いのですか?」
腹巻からお金を出した主人は頭をすっと下げた。
「本当にすまねえ!実は包丁を買おうと思って取っておいた金なんだよ。まずは包丁を買って、それから上正さんに返そうと思って」
「そうでしたか」
……みんなそれぞれ大変なのね。
お金を受け取った菊子はどこかしんみりした。ここで母親は気まずそうに菊子に背を向けた。
「それにしてもお前は何を突っ立ってんだよ!目が開いているのに寝ているようで、私は恥ずかしいよ」
「うるせえ」
「早く仕事に戻りな!そして、その。上正さんに早く金を返すんだよ」
「母さん、そんな言い方って」
「いいのです。それに、ここは美味しい鮒があるって、お客さんに評判ですものね」
「ふん!そんなの当たり前さ」
「母さん?!本当にもう。すまないな」
こうして菊子は代金をもらい加工場に戻ってきた。
「ただいま帰りました」
「あ、お嬢、実が先ほど、これが」
神崎商社と記された封筒に菊子は息を呑んだ。
「神崎様から?どうしたのかしら」
「中を見て下さい」
融資をしないと言っていた神崎の秘書の渡辺が持ってきた書類を菊子は開封した。
「融資の条件ってあります。これは」
「お嬢。まずはわしから説明します」
斎藤は菊子が不在の時にやって来た秘書の話を始めた。それは上正の加工場の債権を神崎が買い取ったというものだった。
「それはどういう意味ですか」
「加工場の借金を神崎さんが肩代わりしたということですな」
「そんな?神崎様は融資しないと言っていたのに」
不思議で奇妙な話に菊子は嫌な予感がした。斎藤はその勘を認めるようにうなづいた。
「わしも不思議でなりませんが、とにかく我らは神崎さんに借金を返さないとならないわけです」
「……それでこの条件なのね」
菊子は読んだ。書いてあるのは売り上げの数字だった。
「こんなに売り上げを出せというの?」
「そのようです」
……無理よ?こんなに短期間で利益を出すなんて。
目の前が真っ暗になった菊子は、力なく斎藤に尋ねた。
「出さないとどうなるの」
「……廃業ですな」
「そう」
力が抜けた菊子の手から、そっと神崎の書類がこぼれた。
……ああ、どうすればいいの。
叔父からは工場は破産せよと言われている菊子は、なぜかそうしたくなかった。従業員の暮らしもあるが、取引先の彼らの笑顔が浮かんできた。
……それに、少しずつ改善されてきているのに。
目をつむった菊子の前には、なぜか清磨の冷たい顔が浮かんできた。彼の考えが分からない菊子は、この日は答えを出さず家に戻った。
翌朝。菊子は悩みながら工場にやってきた。
「おはようございます」
「お嬢。今朝は二件ほど支払いに来ましたよ」
「二件ですか、どのお店かしら」
最近の菊子の借金の取り立てが噂になり、僅かであるが回収できていていた。菊子の取り立ては優しいものであるが、店の評判を落としたくない相手は自ら支払うようになっていた。
「お嬢が魚の並び方を直した魚屋ですな。売り上げがとたんに伸びたようで」
「あの店は暗かったから、日差しを気にしただけよ。でも。まだまだね」
神崎の要求は難しいものだった。菊子が帳簿と睨めっこしていると、加工場から騒ぎ声がした。事務所にいた菊子と斉藤はこれに気がついた。
「またか」
「私も行きます」
菊子と斎藤は走った。
◇◇◇
「何よ!」
「そっちこそ、生意気なんだよ」
「やめてー。止めましょう」
菊子は喧嘩をしている二人の娘の間に入った。二人は髪を乱し興奮していた。
「はあ、はあ。今日はどうしたのですか」
「この女が私を睨んだのさ」
「何を言っているのよ。あんたは私の悪口を」
「はあ?この性悪女」
「だめです!ほら、下がって」
ここで斎藤が二人を別々の部屋に入れた。菊子は双方の話を聞くと二人はひとまず怒りを抑え、この日、おとなしく帰っていった。
菊子は斎藤とこの様子を話し合っていた。
「喧嘩が多いのは昔からですけど、最近はひどいわ」
「女はどうしても派閥を作るのです。これは江戸時代の大奥と同じですわ」
「ああ、こう喧嘩ばかりだと困るわ」
今は正念場の菊子は生産を増やし売り上げを伸ばしたいところだった。しかし女従業員達は細かいことで喧嘩をし、中にはイジメなどで辞めてしまう娘が多かった。
騒動の後、菊子はぼんやりと井戸で水を汲んでいた。
「お嬢……大丈夫ですか」
「キイさん」
「キイでいいですよ。お嬢は社長さんなんですから」
一人残っていたキイは菊子に優しく話しかけて来た。菊子は思わず現状を語った。利益や売り上げを伸ばすために必死な事と従業員達の不仲を悩んでいると打ち明けた。
「そうでしたか。それでお嬢は集金に行っているのですね」
「でもまだまだだし。それよりももっとみんな仲良くできないかしら」
蔵の裏手に流れる小川は、菊子を慰めるように優しくせせらいでいた。キイは風の中でつぶやいた。
「みんな……今の暮らしが苦しいから、どうしても厳しくなるのでしょうね」
「そうかもね。うちはそんなにお手当を出していないから」
「お嬢、そうではないのです」
キイは菊子を見つめた。
「ここの給金は良い方です。でもみんなそのお金を自分で使ってはいません。家族のために使っています。私はおかげさまで家族に感謝されていますが、そうじゃない人もいるんです」
悲しそうなキイは立ち上がった。
「そのお金でお酒を飲んでしまう父親や、働かない旦那さんがいると思うと、やっぱり嫌になりますよ」
「……そうだったのね」
同じ境遇の菊子は自分の手をじっと見た。
「それじゃ私の出来ることは無いわね」
「そんな事はないです。私はお嬢に優しくして頂いて、本当に嬉しかった……だからみんなもあんな態度ですが、辞めずにいるんですよ」
逆光のキイはそう言って笑った。彼女の言葉に胸が温かくなった菊子は空を見上げた。
……そうか。私の出来る事を、もう少しだけやってみよう……
キイの励ましを受けた菊子は、母屋に戻りながら対策を講じた。
……まず問題なのは、お休みがこれから増えるし、皆、農家も手伝っているし……
働き手の娘達は休む場合は事前に届け出を出すことになっていた。しかし、急に休みになることが多く菊子は困っていた。
……みなさん。家族が具合悪いとか、農家の手伝いとか。決して無責任じゃない理由なのよね。
しかも休みが多いと仲間に嫌われ、いじめに遭い、辞めるものが多かった。惜しい人材が辞めていく水産の加工場の熟練者が増えない理由はここにあった。
菊子はその夜、本家の食事を作りながら考えていた。
……どうすれば。みんな喧嘩しなくなるのかしら。
そんなことを考えながら、叔父と叔母と牡丹に食事を出した。彼らは食べていたので、菊子はさっと台所で待機していた。
……はあ。ここなら文句も言われないわ。
顔を合わせれば小言の三人。顔を合わせないのが一番だった。
……顔を合わせない。あ!そうだわ。
菊子はいいことを思いついた。この夜、叔父夫婦や牡丹に嫌味を言われたが、素晴らしい思いつきに菊子はそれも忘れて、自室で書類を書いて休んだ。
こうして菊子は斎藤に相談した。やがて従業員の娘達を全員集めた。
◇◇◇
「みなさん。おはようございます。今朝は私から、お話があります」
不満そうな態度の娘達は菊子の話を不貞腐れて聞いていた。
「みなさん、気がついているかもしれませんがこの加工場は今、存続の危機にあります」
「私たちのせいじゃないですよ」
「そうよ!そっちのやり方が悪いのよ」
マメを先頭に娘達は若い菊子のせいだと罵り出した。それでも菊子は続けた。
「そうです。こちらのせいです」
「ほらごらん?」
「知ったこっちゃないよ」
下品に笑う娘達に菊子は真っ直ぐ向いた。
「でも。ここが潰れたら、皆さんの働き口が無くなります」
真剣な菊子の顔に一同はしーんとなった。そして一人の娘が尋ねた。
「じゃ、何かい?私らに今以上に頑張れってこと?」
「私は家に子供がいるし無理だよ」
「違うのです!皆さん、聞いて下さい。ここを残すためにお願いがあります」
菊子はぐるりとみんなを見た。
「あの。どうか。みなさん『仲良くしないで』ください」
「え」
「あ、あの、それって」
皆が困惑している間。真剣な菊子は張り紙を広げた。
「もう一度いいます。これからの決まりです『仲良くしてはいけない』です。他にもあるのでこちらを見て下さい」
驚きの提案に娘達は動揺し、部屋はざわつき始めていた。するとマメが空気を切った。
「お嬢、お嬢は私らをバカにしてるんですか」
「そうだよ。こんなに働いているのに」
文句の炎はだんだんと勢いが付いてきた。菊子は必死になだめていた。
「あの!みんな聞いて下さい、お願い」
「ばからしい。みんな、こんな店なんかやめるよ!」
そういってマメは女工たちを暗黒面にし出て行こうとした。こんなマメに菊子は必死に声を掛けた。しかし、彼女の声が光のように通った。
「待って!!話を聞いて!お嬢は私達を思って言ってくれているんだよ!」
「キイさん」
あまりの声に一同は静まった。キイは続けた。
「みんな!みんなだって本当は楽しく仕事をしたいんでしょう?虐めるのは虐められるからやっているんじゃないか」
この場の温度を一気に冷やしたキイの言葉を菊子もじっと聞いていた。
「だったらさ、みんなでお嬢の言った通りにやってみようよ!やってもいないのに決めつけるのはおかしいよ!」
「おいちょっと。お前は誰に向かって言ってるんだよ。おい、キイ」
そういってマメはキイを押し倒そうとした。しかし、倒れたのは彼女だった。
「お嬢?あ、あんた」
キイをかばい床に倒れた菊子は静かに語り出した。
「……マメさん、今のあなたのままでは、幸せになれないわ」
「え」
倒れた菊子はキイに支えながらまっすぐ続けた。
「あなたがみんなを虐めていたことを、あなたが愛する人が知ったらどうなると思いますか」
「そ、それは」
「例え今、相手に気が付かれなくてもいつか必ず耳に入ります。それでも良いのですか」
「そこまでは」
恐ろしさにたじろぐマメに菊子は容赦なく続けた。
「それは未来の旦那さんや、お子さんかもしれない。そしてそのせいでその人たちが傷付くかもしれません。あなたはそれでいいのですか」
「……」
「今ならまだ、やり直せると思います。それはあなたのためよ」
「……私の」
「そうです」
この言葉を聞いたマメは、さっと背を向けて部屋を出て行った。彼女の取り巻きの二人だけがこれについて行った。この場はしんと静まり返ったが、キイは口を開いた。
「さあ、お嬢、続きを話してください」
「お願いします」
「私もここで働きたいです」
「みんな……ありがとう」
感謝の涙を流した菊子は、従業員達に説明をした。
◇◇◇
神崎商社仮事務所の社長室。
「神崎さん。では、契約はこれでよろしいですな」
「はい」
「ああ。よかった」
大口の契約を交わした神崎は取引相手と談笑していた。
「ところで。私は小野川で面白い話を聞いたのですよ」
「ほう」
「それはですな。ああいった水産加工の仕事場は、辛い仕事なのでやり手が不足しておるそうなんですが、実に面白いやり方をしているところがあるのですよ」
「それは。あれですか?うまく行ったら手当てとか報酬を出すのでしょう」
金さえ出せばなんとでもなるという神崎の考えに、取引相手は笑みを見せた。
「いえいえ?私が聞いた話ではですね。まず、『無断欠勤を推奨』というものなんですよ」
「へ」
驚きの清麿に相手は得意気に続けた。
「他にはですね。『従業員同士。仲良くするのは禁止』だそうです。他には、『嫌いな仕事をするべからず』とか」
「ふざけているように聞こえますが」
「そうですよね?しかし、これで上正には求人が殺到しておるそうで」
上正と聞いた清磨は、組んでいた足を戻し膝に手を付けた。
「おっと?失礼。私は大事な用事を思い出しましたのでこれで……」
そして客が帰った後、彼は車の手配をせよと勇作を呼んだ。上着を羽織る清磨に勇作は尋ねた。
「どちらに行くのですか」
「上正だ」
「それは本家の方ですか」
「違う方だ」
「……わかりました」
清麿は上正の加工場へ車を向かわせた。
……これは娘が気になるのではない。仕事の確認に参るのだ。
光る小野川に彼は目を細めていた。西の太陽は彼を急かせように射していた。
五「青い空を見つめて」完
最初のコメントを投稿しよう!