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しまった。焦って、内心での呼び名を口にしていた。
「ご、ごめん」
「って、それより通信と航路!」
珍しいことに、今回は渾名よりも航路異常が、グレーテルの中で優先されたらしい。
僕は胸を撫で下ろすと、航路復旧に集中した。不具合は諸々経験済だけど、ここまで遠距離の航路切断は初めてだ。
「航路をバイパスしてみる。安定機の予備は」
「ない!」
グレーテルの喚きをBGMにした復旧の努力は、残念ながら実らなかった。
「もー! これだから安物は!」
グレーテルが座席で天を仰ぐ。
「事故かも。ゼータは重力場が不安定だし」
「盗難でしょ。安全装置ケチったから」
鼻を鳴らしたグレーテルが、僕の予測を一蹴する。僕は無言で肩を竦めた。
事態は多分、彼女の言う通り。
宇宙に漂う人工物、無人の跳躍点安定機 通称︰飛び石は、宇宙盗賊の格好の標的だ。もちろん様々な対策法はあるけど、概ね効果と価格は正比例する──高価な安全装置とか、高額な組合の保護とか。結局、低資金力・非組合員でグレーな零細企業は、リスクと価格を天秤にかけ、身の安全をチップに独自ルートを細々と運用し──今回は賭けに負けたらしい。
「調達部め。安物買いであたし達の身を危険に晒すとは」
グレーテルの背後に、物騒なオーラが立ち昇る。会社のため、僕は必死のフォローに回る。
「今回は運が悪かった。帰ったら最新安全装置付きの安定機を買ってもらおう」
「帰れたらね。先に締めるけど」
我が社の調達部には、暗澹たる未来しかないらしい。
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