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超光速航法、通称「跳躍」を手にした人類が、宇宙に拡散して久しい時代──
「跳躍終了、実空間に現出」
僕の宣言から〇.三秒後、外部映像の飴色が、期待通りの星の輝きに変わる。
「跳躍成功、ヴァル星系に到達。現在座標――」
安堵も歓喜も内心に留め、表面上は淡々と、僕は数値を読み上げた。
隣に座る相棒が口笛を吹き、跳躍用のヘルメットを脱いだ。出てきたのは、最近少女期を脱した、溌剌とした女性の顔。蜂蜜色のポニーテールが彗星の尾のようだ。
「出口に安定機なしの跳躍で、誤差が僅か九〇光秒。流石ね、ハンス」
「どーも」
彼女の賞賛に鼻が高くなるけど、まずは仕事だ。何しろ跳躍は、事後の制御をサボると、宇宙機を潰す程の危険な空間変動を誘発する。
「跳躍点安定機放出、空間安定化開始。同時に母船との通信回線を開く」
僕らは資源発掘業者、雪風商会の探査員だ。母船を離れて九日間、度重なる跳躍と総航行距離六〇〇〇光年余の果てに、遂に未開拓星系ヴァルに到達した。
「接続完了」
「母船。探査船四号乗員グレーテ、ヴァル星系到達──」
僕らは今、恒星ヴァルから約一〇億kmのところにいる。ここから星系の内側は全く未知の領域だ。通話を相棒に任せ、僕は心躍らせながら星系観測を実行する。
暫くして、結果が出るまでお茶でも入れようと、席を立とうとした時だった。
「──ちょっと母船! ハンス、通信異常!」
制御卓を殴りつけ、相棒が叫ぶ。僕は大急ぎで航路を確認した。通信不良は、跳躍航路が主原因だ。
「マズいグレーテル! 跳躍点ゼータで安定機が消失しそうだ」
そう言い終えるより早く、相棒が般若の顔で振り向いた。
「グレーテちゃんって呼ばないで!」
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