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二
月下美人の生えている茂みの近くで、千鳥は足を止めた。
いろんな花の咲き乱れるこの野原で、一際輝いている、背丈の高い花だ。細い蕚が周囲へと繊細な手を伸ばし、そこからクリーム色の、大きな花が開いている。その蝋細工の花弁の色は、まるで月光のようだ。
周囲に満ちるえも言われぬ香りは、その花の近くで、一番強くなっているようだった。
視界の端に白い毛玉が視界に入ったような気がした。
気のせいじゃなかった。それは、鳩よりも大きな鳥だったが、頭がその体にしても妙に大きく、目はその頭にしても妙に大きく、また、口はさらに大きいという、不格好な鳥だった。その体は真っ白で、羽毛がキラキラ輝いている。
どうやら、月下美人の花の香りに釣られて飛んできた蛾を捕らえようとしているみたいだった。
『わっ!!』
鳥が発した大きな声に、千鳥も驚いて飛び下がる。千鳥は、その鳥をよく観察しようとして近づきすぎてしまっていたみたいだった。驚いた拍子に口を大きく開けたため、せっかく捕まえた蛾は逃げてしまったみたいだが、その開けた口は、その大きな顔よりもさらに大きく広がっていた。
『びっくりしたなあ。君、何? ニンゲン?』
その鳥は、そんな言葉で千鳥に話しかけてくる。
「人間だけど……あなたは?」
『僕は、オーストラリアガマグチヨタカって呼ばれてるよ』
「オースト、ラリア……?」
その鳥の言葉を繰り返しかけて、千鳥は首を傾げる。オーストラリアは知っている、だけど、その後の名前は聞いたことがなかった。
『どうして、ニンゲンがここにいるんだい?』
鳥、オーストラリアガマグチヨタカはそんな風に尋ねながら、その大きな頭を傾げて千鳥を観察している。
「私にも、わからないの」
千鳥は答える。
『困ったなあ。どうしたらいいんだろう。……そうだ、物知りのシマフクロウさんなら、何か知っているかもしれない。行ってみようよ』
この鳥はどうやら、とても人懐っこい性格をしているらしい。ぴょんと飛び上がって、千鳥の頭の上に乗る。
「…………!」
その鳥の意外な重さに、千鳥は思わず前につんのめる。
『あっ、ごめんね』
「いいけど。……あの、オーストラリア……さん」
『どうしたの?』
「なんて呼んだらいい? あなたの名前は」
『名前ってなに?』
「他の誰かじゃなくて、他の人があなたのことを呼ぶ時の言葉」
『僕は、…………って呼ばれてるよ』
そう答えたオーストラリアガマグチヨタカの啼き声は、文字にしようとしても、およそできるような音じゃなかった。
「それだと私は呼べないなあ。うーん。……パカパカ、って呼んでもいい?」
千鳥が思いついたその名前は、口がパカっと開くから、それだけだった。
『うーん。いいよ。君はなんて呼ばれてるの』
「千鳥」
『じゃあ行こうか、チドリ』
そんな風にこのオーストラリアガマグチヨタカ、パカパカは答えるのだった。
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