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 ストーンヘンジに似ている、千鳥はそう思った。と言っても、ストーンヘンジの実物を千鳥は見たことがなくて、図鑑でしか知らないのだけれど。  円柱上の大きな石が、広場をぐるりと、円形に取り囲んでいる。数は十二体。まるで、時計の文字盤のように。  そして、その真ん中に、何かが寝ていた。  倒れていると言った方がいいのかもしれない。  それは、黒っぽい骨だった。  ダチョウのような姿をしていて、だけど、ダチョウよりもずっと大きい。それに、頭には大きなとさかのような板がついていて、それはダチョウとは違っているように見える。成人男性二人分ほどの背丈で、だけど、そこにもし肉がついていたら、人間数人分よりももっと大きいと感じたかもしれない。  今は肉はない、骨だから。  そのたくましい胸骨や、翼の骨は完全な形で保たれていて、でもぺしゃんこになって広場に落ちていた。 「なに、これ」  千鳥は思わず、そう呟く。 『鳥の王様だよ!』  パカパカは元気よく答えるのだ。 「でも、骨じゃん。骨っていうか、化石じゃない?」 『アンズー。古代メソポタミアの神、エンリルに反逆した巨鳥の神格だ。お前たちニンゲンの神話ではな』  そう答えたのはパカパカではなかった。音もなく飛んできたシマフクロウが、石柱に止まり、その上から下にいる千鳥に向かって語りかける。 『最初ニンゲンたちは、『地獄から来たニワトリ』と名付けようとしたらしい。無礼な話だ、まったく。自分たちに下った、飛ぶこともできなければ走ることすらおぼつかない、最も弱き鳥と、このような美しい鳥の王を一緒くたにするとは』 「……ごめんなさい」  千鳥自身には謝らなければならないことはなかったけど、それでも人間の代表として謝った方がいいような気がして、千鳥は俯いて、視線を鳥の王の方に移す。  鳥の王、アンズーの体はぺちゃんこになっていたけど、羽根は残っていて、綺麗な極彩色の羽根だった。羽根の付け根は青から緑っぽい色、そこから先端にかけては赤紫色の光沢のある羽が輝いていて、尻尾はオレンジ色だった。 『かつては地上も、空も、この地球は鳥のものだった。空から星が落ちてきて、鳥の支配権は奪われた。だが半分だけだ。ニンゲンは自分たちこそ地球の支配者などと自惚れているが、その重く弱々しい体では、地を駆けることも、水に潜ることも、空を飛ぶこともできない。地球が再び鳥のものになるその日まで、我らは天体のもたらす運命から自由なこの王国で眠り、力を蓄える。そして、王が復活するその日には、我らは再び、この国を出て、広い世界に羽ばたくのだ』  そう、(おごそ)かにシマフクロウは、千鳥に向かって告げた。人間を弱いものと言うその言葉に、少しだけ千鳥は文句を言わなければならない気持ちになった。 「でも……でも!」 『どうかしたのかね』 「この鳥の王様だって、ダチョウみたいな形してるし、それにこんなに大きいじゃない! この格好じゃ、空なんて飛べないよ!」 『……試してみるかね?』  そんな声が千鳥の耳に届く。そう言ったのは、シマフクロウでも、それから、パカパカでもなかった。  まるで金属の反響音のような、トンネルの中から聞こえてくるような、生き物じゃないみたいな声。  大きな黒い影が、千鳥の頭の上に落ちる。  骨が、起き上がっていた。鳥の王、アンズーの骨だ。  今はもう骨じゃなくて、影のような肉を帯びて、その周りにキラキラした羽根を(まと)っている。  千鳥は気が付く。周りの石柱に。石柱じゃない、全部それは石になった鳥、いや、恐竜たちだった。  今や石の恐竜たちが目を開き、千鳥の方を見ている。  そして、鳥の王の目。その大きな目で、千鳥を覗き込んでいる。  まるで満月のような金色の、大きな目。  その、鍵穴のような瞳孔。 「満月の、鍵穴」  千鳥は呟く。  首から下げていた銀の鍵を握りしめ、それから手に取る。  今や視界一杯に広がっていたその金の満月、その中心の鍵穴に向けて、千鳥は銀の鍵を差し込んだ。
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