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一
最初に気がついたのは、甘い花の香りだ。
いつからここにいたんだろうか?
千鳥がいたのは、小さな丘になった場所だった。
細かい芝生が植わっていて、座っていても痛くないし、土や泥もつかない。
その芝生の色は濃い緑だったけど、その縁は辺りの光を反射して、まるで銀細工のように輝いている。
ここはどこなんだろう? 千鳥は周囲を見渡す。
空は群青色をしていた。
昼じゃなくて夜、だけど真っ暗でもない、太陽が沈んだしばらく後のような、そんな空の色。
だけど、周りは暗くはなくて、不思議と明るかった。
地上は不思議な光に満ちている。
辺りにはたくさんの花が咲いていた。パンジー、タチアオイ、サクラソウ。うすぼんやりとした光を放つのは、その花たちだ。
「……変なの」
千鳥は呟く。だって、光る花なんて見たことがない。おもちゃだったら分からないけど。普通に生えている草花や植木の花が、こんな風にぼんやりと光っているのは、千鳥は見たことがない。
どうしてここにいるんだろう? 千鳥は考えてみる。
確か、おじいちゃんの家に向かう途中で、お母さんと電車に乗っていたはずだった。
千鳥は小学五年生。だから、電車に一人で乗っても大丈夫なんだけど。
それでもおじいちゃんの家は遠い。お母さんと二人、一泊二日の小旅行だ。
お父さんは仕事で、今日は東京から離れられないんだって。
電車の中の光景を千鳥は思い返してみる。
東京。横浜。富士山。伊豆の海。
そんな外の景色を見ていたはずだった。
まだ残暑の日差しが強くて、赤い帽子をお母さんが昨日、買ってきてくれた。
それから、背中にはリュックサック。革のワッペンの付いた、お洒落な鞄。
帽子とリュックサック、どうしたんだろう。
千鳥は自分の頭と背中を、手で触ってみる。どっちもなかった。
代わりにあったのは、覚えのない、銀色の鍵。千鳥の人差し指ぐらいの長さで、青っぽい灰色をした革紐に通して、首から下がっていた。
帽子とリュックサックを探さないと。それから、この銀の鍵、どうしたんだろう。もし誰かのものなら、元あったところに返さないと。
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