恋の病に堕ちようか

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「『私を惚れさせる』? 彼を君に惚れさせる……じゃなくて?」  神崎さんはこっくりと頷いた。    「出来ないですか?」 「出来なくはないけど珍しいな。一応、理由を聞いてもいい?」  訊ねると、神崎さんは逡巡して、ゆっくりと語り出した。 「この前、告白されまして」 「おぉ。おめでとう」  神崎さんというのは同じクラスの女子だ。目立つ方ではないけど実は美人だと評判で、隠れファンは何人か存在する。ただ性格が真面目で堅すぎて、融通が利きにくい。だから誰もチャレンジする奴がいなかったんだが……ついに勇者が現れたらしい。 「話したこともなくて、最初はぎこちなかったんですけど、すごく好い人で」 「へぇ」 「色々気遣ってくれたり、楽しい話をしてくれたり、ありがたくて。でも……」 「好きにはなれない?」 「時間が経てば違うかもしれないけど、今のまま長く一緒にいるのが申し訳なくて……」  このパターンは噂にはよく聞く。大抵の場合、別れて終わる。惚れ薬を使ってまで相手を好きになろうとする人なんて初めて見た。 「好きになれない相手なら、別れてもいいんじゃないの?」 「そんな一方的な」 「双方合意の元きれいにお別れって方が少ないけど」 「あんなに私のために色々頑張ってくれているんだから応えないと」  なるほど少なくとも嫌いではないらしい。だったら確かに振るのも振らないままなのも罪悪感が湧くか。 「わかった。じゃあ、これ」  僕はさっきと同じくキャンディを二つ置いた。包み紙から透けて見えるそのキャンディ……片方は赤く、もう片方は青い。 「赤いのを食べた人間を、青いのを食べた人間が好きになるんだ」 「つまり彼に赤い方をあげて、青い方を私が食べる?」 「普段は逆なんだけどね」 「ふぅん……それだけ、なんだ」  もっと仰々しいものを想像していたのか、神崎さんは少し拍子抜けしたようだった。  まだ首を傾げながら赤と青のキャンディをポケットにしまい、代わりに別のキャンディを取り出そうとした。僕の報酬分のキャンディだろう。 「ああ、いい。今回はいらない」 「え、でも……噂では『代金』としてキャンディが要るって……」  それは相手を惚れさせたくてたまらないほど恋い焦がれている奴の話だ。彼女の場合、今はそういった感情は少しも抱いていないのだから、おそらく意味はない。籠もっている魔力も大した量じゃなさそうだし、なにより味が期待できない。 「色々と事情があるんだよ。ともかく今はいらない。上手くいったら報告に来て、机一杯くれ」  僕がそう言うと、神崎さんはさらに疑問に満ちた顔をしていた。
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