恋の病に堕ちようか

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 彼女の気持ちの籠もったキャンディは、甘かった。一点の曇りなく、苦みも渋みもえぐみも何もなく、只々純粋に甘い。  これはとても珍しい。大抵はどんなに好きでも、相手にそれ以外の感情を抱いているものだから。浮気をしているんじゃないかという不信感。誰かに取られるんじゃないかという不安。相手と自分の気持ちに釣り合いが取れていないと思う不満、等など。  だけど彼女のキャンディはそのどれも示さない。ただ、彼を『好き』。それしか伝わってこないのだ。それがとても不思議……というか、漠然とした不安に感じていた。 「……いやいや、なんで僕が不安になるんだよ。ラブラブならそれでいいだろ」  実際、学校で目にする神崎さんと佐藤は幸せそうだった。いつも一緒にいて、お互いだけ見ていた。  僕はきっと良いことをしたんだ。そう、思っていた。  その証拠に、彼女は今日も満面の笑みでやってくる。 「それでね、進路調査票書き換えて、同じ大学志望にしたの」 「へぇ……神崎さんの志望校って、偏差値高くなかった?」 「だから、夏休みからは一緒に勉強しようって言ってるの」  高校三年生で付き合いだしたからどうなるかと思ったが、受験生なりの楽しみ方をしているようだ。これをラブラブと言わずして何と言おう。  思わず頬が綻び欠けた、その時――ふと窓の外の光景が目に飛び込んだ。咄嗟に神崎さんに目をやると、一歩遅かった。  僕の表情の変化を読んで、外を見てしまった。窓から見える、グラウンドの横で、彼氏の佐藤が他の女子と仲良さそうに話している場面を。 「か、神崎さん、あれはたぶん何かタイミングが……!」  必死に注意を逸らせようとした。だが僕の意図に反して、神崎さんは特に表情を崩したりはしなかった。 「ああ、あの人? 最近よく話してるみたい」 「え……」 「私と約束してない日は、一緒に遊んでるみたいだよ」 「えぇ?」  何に驚いているかって、神崎さんはそう告げる間もずっと、幸せそうにニコニコしていることだ。 「あの……それって、いわゆる……」 「”浮気”? そうかもね。でも付き合ってるのは私だし。何より私が彼を好きだから」  神崎さんは、そう、淀みなく言い放った。無理をして自分に言い聞かせている人なら何人か見たことがある。だけど、彼女は違う。  本当に、心の底から、そう思っている。 「いや、でも……」 「彼が私を嫌いになったわけじゃないし。問題ないでしょ?」  いつもなら、何かしら言い返していたと思う。  だけどこの時、僕は何も言うことが出来なかった。  何かが、おかしい。  彼女の語る言葉と状況が噛み合っているのかどうかわからなくて、それにしては彼女の笑顔があまりに眩くて。  これ以上、『恋』をさせていいのだろうか、と頭の中で警鐘が鳴っていたのだ。
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