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バイトのない日の夕方、僕は佐藤の大学を訪れた。食堂併設のカフェテリアの一角で、佐藤は小さくなって座っていた。野球部だった頃はもっと堂々として逞しい印象だったのだが。
声を掛けると、佐藤は怯えたように辺りを見回していた。
「今更だけど、何で話そうなんて思ったんだ? 高校時代、話したことなかったよな?」
「ああ。でも、綾乃がよく話してくれてたから」
まだ、彼女のことを名前で呼ぶのか。ほんの少しひっかかったが、顔に出ないよう努めた。
「えーと、神崎さんのこと聞いてもいいのか?」
「むしろ聞きたいんだ。槇って、高校の時、妙な噂があったよな。確か赤と青のキャンディを分けて食べた二人がカップルになるっていう……それを配ってたって」
「あ~うん、まぁ……」
「教えてくれ。それ、綾乃にも渡したか?」
僕は応えようかどうか、一瞬迷った。佐藤が聞いて気分のいい話じゃないかもしれない。
だけど佐藤は、色々なことを承知している様子だった。
「えーと……うん。渡した」
「やっぱり……!」
今度は、愕然として俯いてしまった。
「おかしいと思ったんだ。急に好きって言ってくれるようになったし、関係ないはずの槇の話するし」
「なんて言うか……ごめん」
「いや、あの頃は楽しかったから……感謝してる。でも今は……」
「今?」
佐藤の、握りしめた拳が小刻みに震え始めた。
「今は……あいつが、怖い」
「怖い?」
「どれだけ言っても別れてくれないんだ」
「え、続いてたのか? でも……」
先日、別の女性と親密そうにしていた。誰が見ても仲睦まじい恋人という雰囲気だった。
「彼女が出来れば見放すと思ったけど、ダメだった。金せびったり、料理貶したり、暴力も……」
無理矢理やったことなんだろうが、惨い扱いの羅列に僕が眉をひそめると、佐藤は更に怯えた顔になった。
「殴っちゃったのは一回だけだ。そこまですればって思ったんだ……だけど、あいつどんな時でも、ずっとニコニコしてるんだ。それで……言うんだよ」
『大丈夫。私は好きだもん。全部、許すよ。全部ね』
「俺が何してようと、全部見透かしてるんだ。その上ケンカにもならない。全部、笑って許すんだよ。普通じゃない……!」
「それは……」
「俺から告白しといて勝手なのは分かってる。でも、俺はもう好きよりも怖いんだよ。離れたいんだよ……!」
大柄な佐藤が、涙声でそう訴える。
これはいけない……そう感じ取った。
『恋は病』
祖父の言葉が頭によぎる。あれは本当だったのかと、今更ながらに思い知った。
神崎さんは、病気だ。『恋』という名の病気だ。僕のせいで、抱いてもいなかった恋心を宿し、薬の効果が切れる頃になってもまだ、純粋さと義務感ゆえに想いを保ち続けている。
あの時僕は、二人が幸せになるならと軽く考えて、キャンディを渡してしまった。その軽はずみな行いのせいで、結局神崎さんも佐藤も治らない病に苦しめられている。
全部、僕のせいだ。
「佐藤、ごめん」
「いや、そういうつもりじゃ……」
「一つ、お願いがある」
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