恋の病に堕ちようか

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 恋は病。  恋は罠。  恋は牢獄。  一度身を置くと、決して抜け出せない極楽であり、地獄。  僕の祖父の言葉だ。  代々魔法使いの家系である僕たち『槇一族』は、普通の食事のほかに、魔力も摂取しないといけない。  令和の世になってだいぶ血が薄まった世代である僕『(まき) 蒼佑(そうすけ)』も例外じゃない。  そして魔力の摂取というのは、人間の感情が大きく関係しているから。  嬉しい、楽しい、好き、美味しい……そういったいわゆる正の感情を魔力に変えて摂取すると、不思議とたくさん得られて、なおかつ”美味しい”のだ。  なかでも『恋』の感情はとびきり美味しい。甘く、時に酸っぱく、時にほんのりビターでコクがある。これは僕を含め、一族のほとんどが口を揃えて言っている。  だから一族のほとんどが恋人たちを招きやすいレストランやらカフェやらを開いている。  従兄弟には、学校で自作のケーキをばらまいている奴もいるようだが、僕はそんな回りくどいまねはしない。  恋心が必要なら、無理矢理にでも恋人にすればいい。  背中を押してお礼にちょっと掠め取るなんてもどかしい。それよりも、強引に恋人同士にしてやって、大量の『恋』を得る方が、ずっと効率がいいし、なにより常に美味い。  そんなわけで、僕はまだ高校生のうちから裏稼業を営んでいた。 「ほい。この赤いキャンディを自分が、青いキャンディを相手に食べさせて」  裏家業と言ったってなんてことはない。やっているのはただのキャンディ交換。僕が二つあげて、相手は一つくれる。それだけ。  毎日放課後、空き教室でぼーっとして、こんな交換に応じる客を待っている。おかしなやりとりに思うだろうが、これには訳がある。 「これを食べさせたら、両思いになれるのか?」 「そう。効果のほどは……校内で出回ってる噂を聞いたら、わかるっしょ?」 「あ、ああ。まさか本当だとは思わなかったけど」  二つのキャンディを持った男子は勢いよくお礼を言うと、ガチガチに緊張しながら教室を後にした。  あれは、これから早速行くんだろうな。 「上手くいくといいねぇ。まぁ、上手くいくんだけど」  一人ニヤつきながら、貰ったばかりのキャンディを口に放り込む。思った通り、甘くてちょっとばかし酸っぱい。あの男子の緊張が伝わっているらしい。だけど、力強い。魔力が満ちていくのを感じる。  ふぅっと息をつくと、廊下を見覚えのある女子が通りがかった。 「いたいた! 槇くん、この間はほんとにありがとー!」 「ああ、そういや上手くいったんだって? おめでとう」 「えへへ、おかげさまでラブラブだよ~これ、お礼ね」  女子は、そう言うと市販のキャンディの大袋入りを机にどっかりと置いた。 「変わってるよね。あれだけお世話してくれたのに、お礼がキャンディだけでいいなんて」 「たかがキャンディ、されどキャンディ。人によって価値は様々なんだよ。僕にとっては、これこそが宝の山なんだよ」  女子はまだ、腑に落ちない様子だったけれど、幸せそうな顔で去っていった。  これが、僕の裏稼業。  どうしてもものにしたい相手を振り向かせる特別な薬……つまりは惚れ薬を提供して、その溢れんばかりの恋心を対価に貰う。  皆に得ばかりの、素晴らしい稼業だ。  祖父は前述のとおり、恋はのめりこむと恐ろしいと耳がたこになるほど言っていたが、今まで見てきたカップルたちは皆幸せそうだった。  幸せなら何でもいいじゃないか。 ーーなんて、この頃の僕は、恋を風邪か麻疹(はしか)程度にしか考えていなかった。  ちょっと経てば収まる。収まらないなら、それはそれで幸せなんだろう、と。  彼女……『神崎(かんざき) 綾乃(あやの)』に出会うまでは。  神崎さんは、他のどの客たちとも違った。彼女は開口一番にこう言ったのだ。 「私を、惚れさせてください」
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